第25話
◇
「遅参しました、申し訳ござりませぬ。黒田長船、ただいま戻りました」
殿さまは相も変わらずのんびりとした口調で言う。
「待ってたよ黒田くぅ~ん。援軍はもう来てあるんだろ?」
「殿、其処でお願いがあるのです。私の屋敷に四畳から持ち出した兵器を隠しております。会津の士にその兵器を渡しては頂けませんか?この妻の形見の黒銃が人数分あるのだと考えて頂いて宜しいぐらいの兵器です。納屋の藁の中に木箱がありますので」
「分かったよ。すぐに兵を向かわせよう」
殿さまが視線を送るだけで何名かの侍が忙しそうに駆けて行った。
「そして夫を失った女を城に集めては貰えませぬか?この戦が終わったら四畳に連れて行こうかと。あそこならば傷ついた心も癒えるでしょうから」
「それも分かった。もうギリギリだったんだよ、黒田くぅ~ん?」
見れば殿自身も結構満身創痍だった。
恐らくは天守から小銃による支援射撃を行っていたのであろう。
「それと斉藤殿。先程は助かりました」
「黒田。今は藤田吾郎だ。再会出来て嬉しく思う」
視線がぶつかった侍と挨拶を交わす。
元新撰組三番隊組長・斉藤一。
今は藤田吾郎だったか。
会津最強の侍。
幕末最強の侍。
一説にはあの沖田総司より強いと言われる、あの狼達の生き残り。
「斉藤、じゃなくて藤田殿。ちょっと俺について来てくれませんか?」
「何処へ行く?」
「仲間が孤立してるんです。何というか、絶対に無事だとは思うのですが、何せ女なもので。それに会津を攻める本隊もそろそろ引き上げを視野に入れる頃でしょう。ならば打って出る方が確実に敵の心を折れますから」
「私でなくても良いのではないか?」
「新撰組残党について行く事を選ばずに会津に残った貴方です。なら、その忠誠心は結果に残さなくちゃいけませんから。貴方が出るべきだと」
「黒田。お前も来るのだろう?」
「俺は相手の前線を叩くより相手に嫌がらせをしてる方が性に合うんですけど。そうですね、俺も一緒に」
いたずらっ子。
それが長船のキャラである。
「ならば急ぐぞ黒田。奇襲に時間は掛けられぬ」
「ええ。_殿、俺を佐渡に送ったのは白船や四畳藩の事を知っていたからですね?」
黙って微笑んだまま頷く殿様。
ならば話は早い。
「続く者は私に続け。鬼黒田の帰還に合わせ敵を会津より追い払う」
藤田を先頭に会津の侍は反撃に転じた。中には長船と同じく妻を喪った者もおろう。白虎隊に子を預けていた者もおろう。悲しみにくれず前に出る会津の士はやはり長船の知る会津の侍であった。
まだ長船は続かず、殿との会話を続ける。
「殿。四畳の先代が五年前に戦ったという戦。この戊辰の戦に関係が?」
「ああ、恐らくねぇ。一つの星を落とす兵器を巡っての戦だったと聞いているよ」
「殿、俺は会津を救っても四畳に残りたいのです。あの島は面妖な物ばかりで驚かされてばかりですが、其処で暮らす民は真っ直ぐで心優しき者ばかりでした。何より島には維新志士が既に来ております。何卒、俺の脱藩をお許し下さい」
「脱藩というか、左遷だったからなぁ。黒田君、君は会津藩士であり四畳老中だ。四畳の侍になったからといって会津の土を踏んではならないというわけにはならないよ。君は、君の護りたい物を護りなさい。君は心優しい鬼なんだから、必要としてくれている民の下で生きなさい。侍に国の境は無い。侍は何処に居ても侍なんだからね?」
この耳に心地よい大徳の言葉ももう聞けぬと思うと寂しい気持ちもあるが。
なに、また遊びに来れば良い。
妻の墓参りもせねばならぬ。
「重ね重ねの御厚意。まことに忝い。じゃあ、俺も前線に出るようにします」
「気を付けなさい。奥方を死なせた者は既に会津には居ないが、本隊には手練れの兵が多くいる。刀を抜く事を躊躇してはならないからね?」
深く一礼をし、長船は城を出た。防戦一方であった会津は一気に盛り返し、新政府軍の準隊士を捕獲している様子が彼方此方に見受けられる。主な通りには死屍累々とした死体の山が道の両脇に打ち棄てられていたが、これは間違いなく藤田によるものだろう。
義姉と約束していた合図の信号弾を空に向かって発射。
間を置かずに遠くで小刻みに続く大口径の銃声が城下町に届いた。
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