第23話
◇
三日目。
会津城下町まで一里の郊外にて。
「あったま、痛ってえ…」
頭を切り落としてくれる誰かが居れば五両ぐらいは惜しくは無いと考える事が出来る程には良い感じの二日酔いの朝。車内は空の瓶が散乱し食いかけのツマミが床に落ちたまま。前夜に飲み過ぎた単身赴任のサラリーマンの休日の朝のような目覚め。酒を飲んで失敗する度に二度と繰り返さぬと誓うのに何度も繰り返すのは長船がバカだからか。
「黒田さん、お水飲みなお水」
「…おお、義姉上。これはかたじけない」
運転手さんからペットボトルの水を手渡され、一気飲み。義姉は何処かで温泉にでも入って来たのか昨日と比べスッキリとしておる。出来るのであれば自分も一緒に行きたかった。汗まみれで起きるのは寝覚めが悪いのだ。
「正午になったら会津城下町周辺でアタシが銃座に付けば良いんだね?」
「…そ、そうなんです。出来れば、城下町を見渡せる山で」
「白虎隊が全滅した山にするかい?」
「…あ、あそこは道が細く装甲車が入れないので」
「じゃあ何処にするんだい?」
「…うーん、死」
移動中の揺れがダイレクトに長船の脳味噌に伝わり結構本気で頭痛がヤバかった。
死ぬ程痛かった。
「ハゲ!作戦まで時間ねえぞ!」
「…あ、義姉上。おっきい声を出さないで頭が割れちゃうから」
銃座に横になる長船。
もう、色々と限界が近かったのだ。
正直言うと、酸っぱいおつゆが口からチロッと出ている。
「…し、しし、新政府軍の本陣が見えて、…し、しし、新政府軍の本陣からは見えない場所に。…し、しし、…うーん、死」
「クーラーボックスの冷却剤を使って頭を冷やしなさいな。あんなに飲むからだよ」
酔いが回らぬと思っていたのはまやかしだった様で、酒は確実に長船の体内に蓄積されておった。
毒を抜くには風呂が良いが、作戦を中断して風呂に入って来る訳にもいくまい。
そもそも長船は胃が弱く酒をあまり飲める方ではないのだった。
好きだが、飲むと大変な事になる。
「…何故義姉上は平気なのですか?」
「クノイチ衆は普段キャバ嬢だしね。酒の抜き方は心得てるよ」
「…おせーて?…お、お、俺にも、おせーて?」
「その状態の黒田さんはあれだね、ウザいね。長船改めウザ船だね」
黒田ウザ船。
此処に爆誕の瞬間であった。
「ウザ船さん、頭冷やして体を温めてな。ガンガン汗掻いて酒を抜くんだよ?」
「…体内の毒素を抜くにはまず発汗ですね?」
「ウザ船さん、酒臭い汗を掻いたらすぐに具合良くなるよ」
「…人間、果たしてそんな汗が出るのだろうか?」
「んで、どの辺りに行くんだい?」
「…俺ん家の裏手の小高い丘が良いかと。運が良けりゃ屋敷に入れますし」
「黒田家って、どっちなんだい?」
「…し、城の西側に。…さ、サツマイモが植えられたデッカイ屋敷が」
「サツマイモ?そんな家庭菜園なんか見えるのかい?」
「…いや家庭菜園じゃなくて。…に、庭が全部畑の屋敷がありますから。…こ、こう、農園の中に建ってるような武家屋敷がある筈ですから」
「折角のお武家様の御庭をそんな畑にする庭師がいるなんて、聞いた事が無いけど」
「…あ、貴女の妹さんです」
ねえねえ?
私、良い事考えちゃった!
屋敷の庭を全部畑にしてサツマイモを植えましょう?
農民に貸し出して収穫したら農民に振舞うの!
サツマイモを収穫したら今度は蕎麦を植えるの!
そしたら不作でも会津の民は餓えないわ!
豊作だったら揚げ饅頭は芋餡に出来るし!
凶作?
イナゴの大量発生?
やる前から後ろ向きな事を言うわね、このハゲチャビンは。
後ろ向きハゲ。
おら、一緒に耕すぞ?
「それ、単純に妹がサツマイモ好きだからだね」
「…でも、屋敷の庭を開放した事によって俺達夫婦は、寂しい思いをしませんでした」
鍬を振るう侍と、その妻。
そして子供達の訓練として競わせて芋を掘り出させた。理由は大きくなってから農民を下に見るような侍を出さない様にとの想いだった。子供等の師は地域の農民の方々。使う鍬が壊れたら工具を鍛える者に師事し、その収穫した芋が大量に余ったら商人に師事させる。其処で得た路銀を更に種に換えれば、また競い合う様に土を耕す。
黒田の教えは、常に土と人とあれ。
人を知り、その人の為に武を振るう侍と成れ。
自分だけを護るような侍には成るな。
沢山食べて沢山動いて沢山寝ろ。
勉強などは元服してから嫌でもしなくてはならぬ。
まずは健康で真っ直ぐな若木と成れば万事良く進む。
「侍なのかなんなのか、判らなくなる屋敷に住んでたんだねえ」
「…それこそ坂本が言う、平等な社会だと俺は思ってましたからね」
城下町が見えてくる。
城や町は傷付き煙が出ている所もあったが、まだ陥落はしていない。
会津の士はまだ諦めていない。
ゆっくりと走行していると遠くに畑に囲まれた武家屋敷が見えてきた。
懐かしいとは思わなかった。
ただ、やるべき事がハッキリしただけで。
「あれかい?黒田家の畑は無事のようだね」
「俺ん家の裏手の丘に登る前に荷物を屋敷に隠しましょう。俺が空に向かって信号弾を撃ちます。義姉上はそれを合図として俺が戻るまで銃座にいてください。当たらなくても良いので、撃ち続けて下さいね?」
妻は。
迷い込んだ幼子を助ける為に。
撃つのを止め、そして捕まった。
足元のVLTOR・M4に眼をやる。
申し訳なさそうにしておった。
「本隊は手薄になってるかねえ?」
「なってなかったら指揮官は無能でしょう。それならそれで奇襲をかければ事は済みます」
「正午に白船は撃ってくれるかねえ?」
「大丈夫ですよ義姉上。心配事は尽きないのは解りますが作戦は上手く行きますから」
震える義姉の頭をポンポンして落ち着かせる。
なんだか、妻が初めて戦に出た時のようだった。
「ハゲ。ポンポンするんじゃない」
「あ、すいません。つい癖で」
震えが伝わる程に義姉は脅えておる。
ゲリラ的な攻撃ではなく戦闘なのだ。当然だと言える。
「義姉上。島に帰ったら何か約束事をしませぬか?こういうのを死亡フラグとか言うらしいですが、俺は終わった後の約束は多くしているべきだと思うんです。これが終わったら飲み放題だとか考えれば戦にも力が入るでしょう?大事の後の約束は沢山するのが良いんです。テストで成績が良かったらプレステ4買って欲しいとか、部活の大会で優勝したらPSVR買って欲しいとかの目標があれば人間頑張れますし。死亡フラグは沢山立てるべきなのです。そしたら死ぬ気で頑張れますから」
「そうだね。そうかもしれないね。まず黒田さんがどんだけゲーム好きかは分かったよ」
「敵を倒す為ではなく、自分を護る為に戦ってください。どんだけ不格好でも生きれば良いのです。俺は会津の士を支援したら本当にすぐに戻りますから」
「あれだね。じゃあ、この戦を終えて島に帰ったら、黒田さんと浜辺でデートだ。海水浴なんて暫くしてなかったけど」
キラーン!と、真顔になる長船。
此処暫くこんな顔をしていない。声も幾分か低くなる。
余所行き版、余所行き版だ。
「マジすか」
「マジもマジさ」
「どんな水着すか?」
「そりゃ黒田さんが選んでくれるんだろ?」
何かを決意したような、何かを覚悟したかのような眼差しになる長船。
頭の中の隅々にまで光輝く真っ白な水が行き渡り、何処までも全身で感じる四季が鮮明になる感覚とでも言えば良いのか。何を最優先事項とし、何を次項とするべきなのかがよく解る。一瞬でどの選択肢を選び、どの選択肢を後回しにすれば良いのかを脳髄ではなく脊髄で理解する。
アドレナリンが凄い。
アドレナリンが凄い。
「竜胆ちゃんも誘って海水浴だね」
「ええ~…」
急にいつもの顔に戻る長船。
二人きりだとばかり思っておった。
世の中、上手く行かぬ。
種子島の水着に興味は無い。
アドレナリンが抜けていく。
紐みたいな水着を選んでやる。
義姉には紐みたいな水着を選んでやる。
いや、ダメだ。
それでは自分以外にも視られる。
悩みどころだ。これは悩みどころだ。
「それとも島の屋敷も畑にするかい?そのデートでもいいよ?」
「むぅ…」
意外にそれでも良かった。
オナゴの半裸を見て喜ぶような年齢ではない。
二人で何かをするだけで良いのだ。
「ならば水着で畑を耕すと言うのは如何か?」
「バカたれかハゲ。アタシ、虫に刺されちゃうだろ」
御尤もだった。
「まあ水着だの海水浴だのは生産性がありませんからね。屋敷を一緒に耕しましょう。サツマイモに獅子唐、茄子に胡瓜。夏野菜は漬物に出来ますし、芋はオナゴが喜びます」
「楓も元農民だからね、無理やり手伝わせてしまえば良いよ」
「この任務が無事に成功すれば島の住民も増えます。夫を失った女を島に迎え入れれば島での生活水準も今より高くなるでしょうしね」
「だね。会津に渡す武器もかなりの数になるし。頼んだよ黒田さん」
とうとう、此処までやって来た。
漸くだ。
漸く、会津の地を踏める。
外に出た長船は武器が納められた木箱を一つ肩に抱え、自分の屋敷に向かう。
今は無人の、屋敷に向かう。
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