第19話 会津戊辰戦争介入

 揺れない船とは海を裂いて航行出来る能力があるかないかだと聞いた事がある。波に向かって正面を向ける限り船は沈まないが、どんな波でもへっちゃらな船というものを長船は知らなかった。山のように大きな白船は波を受けるよりは波をいなす力が強いようで海を我が物顔で走る。

 その白船の後部ハッチ。

 車輛用のガレージで長船と由美の二人は忙しなく動き回る。

「黒田さん、アタシ普通免許しか持ってないよ?これはどう考えても大型特殊が必要だろ」

「その普通免許ですら俺は持ってないですし、此処は義姉上に任せるしかありませぬ」

 運転手・山本由美。

 銃座手・黒田長船。

 車内で運転席より一段高くなっているシートに座り機関銃の照準を確かめる。視界は悪いが、これならば機動戦闘は問題あるまい。問題なのは火力が高過ぎる事ぐらいか。一般兵は民であるだろうし、なるべく殺すのは仕官だけにしておきたい。そして忌々しい仕官を殺すならば、こんな訳の解らない兵器の力ではなく自分が殴って撲殺するのが望ましい。

 土を充填した麻袋で車体を覆うように島民に指示を出したのは揖保寺住職であった。被弾時に緩衝材となって車体を護るのだとか。何故そんな知識があるのかを訪ねれば五年前先代と共にこの白船の子に乗っていた事があるからだと。住職は航海士であり調理師でもある。限られた食材で乗組員の健康を護ってもくれている。なんとか、会津に向かうまでは島民を含めた乗組員に被害は出したくない。

 長船と由美の二人は会津に渡す兵器や医薬品、保存食や衣類を梱包した物資を後部座席にこれでもかと詰め込む。新政府軍を追っ払ったら、ピストン輸送で白船から何度か運べば良い。

「黒田さん、M4と刀は自分の席に置いておくんだよ?町に入るのはアンタなんだから」

「さすがにコレで町に入れば町が壊滅しますからね…」

 二人とも真っ黒な防弾繊維で作られた全身を包むツナギの上に防弾繊維で編まれた胸当てを身に付けている。腰帯にはM4に使用する予備弾倉が入れられたポーチを付け、負傷者を救護する為の応急手当に使う道具類が一式納められた黒い鞄を腰に結んでおる。

 上陸まで時間が迫るとの艦内放送が入り銃座についた長船は義姉の事を心配したが義姉は自分以上にこうした戦いに慣れておるようで、種子島が製造した今のところの制式採用銃であるFALの動作を運転席で確かめている。

 すると車内にプープープーと何かの音が響いた。

 驚いてアタフタとジタバタする長船と由美。

「なんだい?ハゲ、これは自爆すんのかい?」

「いや、何もスイッチ類には触れておりませぬし。呼び出しと、その音が出る機械には表示されておりますな。義姉上、その機械のスイッチを押してみれば如何か?」

「やだよ怖いし。黒田さん押しな」

「ええい、南無三!」

 赤いスイッチを押すと車内に種子島の声が響いた。

 驚いてアタフタとジタバタとしてドサクサに紛れて長船は由美のケツを撫でた。

 割と強めにビンタされた。

 でも、妻のようにええケツしておった。鼻血を出しながら満足する長船。

『お二人とも聞こえますか?こちら種子島です。もうすぐ村上の砂浜に到着します。上陸後は人目につかないように真っ直ぐに東に進んでください。新政府軍にかちあったら老中が機関銃で殲滅を。老中、その銃は建物を貫通します。民を巻き込んじゃダメですからね?』

『竜胆ちゃん、今このハゲがアタシのケツを_。』

『種子島。会津に攻める日にちを合わせるぞ。三日後の正午にお主は主砲で会津周辺の敵前線基地を砲撃するのだ。三日で行けるな?』

 義姉の口を塞いで情報漏洩を阻止する長船。

 車内で後ろに座る長船に分がある。

『大丈夫です。てか、由美さんがンー!ンー!ってまるで出産してるみたいな力んだ声を出してるんですけど?老中、まさか由美さんは車内で出産してるんじゃないですよね?』

『義姉は元気いっぱいだ。心配要らぬ』

『竜胆ちゃん、このハゲがアタシのケツ_。』

 其処で種子島の気配は消え、車内には長船と義姉だけの空気が漂う。

 義姉。

 怒っておる。

 これから会津まで二人旅だというのに怒っておる。

「ハゲ。アタシのケツを撫でまわしたね?」

「…不可抗力でござろう」

「ハゲ。妹の旦那なら何をしても良いのかい?」

「…すいませんでした」

「ハゲ!オラ!このスケベハゲオゥラ!」

 急に烈火の如く怒り出し、器用に後ろの長船をオーバーヘッドキックしてくる義姉。

 ブーツの鋲が当たって地味に痛い。

「ごめん。ごめんなさいって。悪ふざけ、悪ふざけでしたって」

「次やったら四肢を切り落として褌一丁で装甲車に括り付ける」

「マジ?」

「切り落とした腕と足を枝に差してオブジェクトにしてやる」

 おっかねえ。

 南蛮でもそんな事しねえ。

「まずは米沢を目指すんだね?」

「ええ。其処で少し医薬品と衣料品を下ろしましょう。さすがに武器は下ろせませんが」

 長船、ボロボロにされておった。既に満身創痍。

 でも満足なのは、侍がドM精神の塊だからか。

「米沢も戦地になってるのかい?」

「いえ、米沢は目立った抵抗をしておりませぬ。新政府を受け入れたと聞いております」

「米沢牛が楽しみー♪」

「義姉上、観光に行くんじゃないんですから」

 米沢の友人を迎え入れたいが、今このクルマに乗せるだけの余裕は無い。

 出来るのであれば会津に来て貰って白船に乗せる事が望ましい。今回の作戦の目的は会津の救出であって仲間を集める事ではないのだ。仲間が増える事は有難いが、それはメインではなくオマケのミッションであろう。

 技師と農民がもう少し増えれば、あの島の生活はより安定するが。

 それと漁師だ。

 経済は燃ゆる水に依存しているが、五年前を境に漁業を無くしているのはあまりに痛い。

 新政府の内部事情に詳しい者もいずれは捕まえねば。

「M4に消音器は付けて来たかい?今回、黒田さんがクルマを降りて町に入ったら完全に隠密行動をしなくちゃならないんだよ?」

「義姉上が町の外で陽動をしてくれるのであれば不要かとも思いましたが、付けて来ました。それと前回の維新志士が島に来た反省を踏まえ、種子島に頼んで拵えて貰った拳銃も一丁拝借しています。これはMEUピストルというらしいですね」

「坂本さんが京で使ってた銃かい?」

「いいえ。四畳の拳銃は楓が使う物以外は全てが半自動拳銃なので」

「坂本さんってのは大層良い男だったんだろう?一度お会いしてみたかったもんさ」

 義姉、結構ミーハーなのであった。この辺りは妻に良く似ている。

 妻はどちらかといえば新選組に会ってみたいと言う方だったが。

「うーん。目ぇ細いし、唇は太いし、天パだし、ガラは悪いし、馴れ馴れしいし。そんなアイツが良い男かと聞かれると友人としては答えるのが難しいですが」

「ハゲ。女の夢を壊すな」

「まあ、俺よりは取っ付き易いんじゃないですかね?」

「黒田さん、パッと見だとガラの悪い極道だもんね。肩幅が広くてガッチリしてるから、坊主頭の桐生さんーって感じだもんね」

 また出た。義姉の口から度々出る桐生さんなる人物。何者なのだ。

『ミサイル発射!目標着弾まで半刻ほどです!』

 種子島の声がすると同時、艦が少し揺れた。星を落とす兵器が撃たれたのだろう。

 再度プープーが聞こえ、今度は義姉がすぐにスイッチを押した。

『村上沿岸に着岸します。御武運を』

 目の前の紅い闇が徐々に開き、やがて広がるのは星が光る宵闇。

 義姉はクラッチを繋ぎギアなる棒切れを操作してこの装甲車を発進させた。

 白虎隊指南役・黒田長船の帰還。

 黒田美香の姉・山本由美の会津入り。

 それが戦にどのような影響を与えるのか。既に終わった、この各地に燻る火種を消すだけの戦にどんな影響を与えるのか。それは奇しくも、燻る火種に燃ゆる水をかける行為に等しいと。この時は誰も思わなかった。

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