第17話

「人は死ぬ時、大切な人の名を呼びながら死ぬらしい。師は俺に語ったよ。特攻隊という捨て身の作戦が何かを俺は知らねえが、それに殉じた小さな勇者達は「お母さん」と叫びながら命を散らして行った。ならば俺が特攻隊に配属されて出撃したら「ばあちゃん」と叫ぶ事は間違いないのだろうが。ある日、夢を見た。俺は何かの施設に入れられていて、愛犬の柴犬は毎日俺に会いに来てくれた。会えないと知りつつも、俺に愛犬は会いに来てくれた。夢の中で涙してな。ひた向きに俺を信じてくれた愛犬は力尽きで死んでしまったんだ。やがて俺は真っ白な部屋に連れて行かれて。その部屋に白い煙が充満して。黒い世界へと堕ちて行くんだが。誰かの名を叫ぶ事無く。暗く、冷たい世界へと行くのが死ではないのかなんて考えてしまって。そんな夢から覚め、飛び起きる様に布団から駆け出し、犬小屋で幸せそうに寝ていたナナを抱きしめ『ありがとう』と言った。安らかな眠りを理不尽に妨害され、凄い迷惑そうに眉毛を下げた表情をしながらもナナは俺の頬をペロリと舐めてくれた。涙の痕に気付いたからだろう。だからかな、皆に伝えなきゃいけない言葉は圧倒的に「ありがとう」よりも「ごめんなさい」の方が多い事に気が付いた。その言葉を伝えなきゃいけない人は沢山いる。なのにまだ俺は、誰にも伝えたい事を伝えていない」

「んで?」

「ヨシコと一緒に吹っ飛んだのだ」

「全然繋がらねえぞ⁉」

 長船、道の真ん中で街を歩いていた種子島に介抱されておった。その長船の傍らには包帯でグルグル巻きにされたヨシコが相も変わらず腹ばいで目を回しておる。

 吹っ飛んだ距離は百メートル越え。

 K点越えの大ジャンプだ。

 メダルも狙えるであろう。

「封鎖区画でヨシコを保護した。他には装甲車を動かす為に『ばってりぃ液』なるものが必要になると解ってな。硫酸と蒸留水を薬局に行って分けて貰おうかと思っておる」

「待て待て待て。ヨシコどうすんだ?」

 気付けば種子島の恰好は何処か必要以上に己を着飾っておる。

 島のエンジニアを集めるだけなのに、何故そんな恰好をしておる?

「種子島。お主、着飾り過ぎではないか?」

「ああ。独りで外を歩くなんて滅多にねえからな。思いっきりオシャレしたらナンパされるんじゃねえかと期待して町に出たら島には年寄とクマとオヤジしかいねえ」

「白船動かす為に町に出たんだろ…?」

「白船と同じぐらい恋人も欲しい年頃なもんでね」

 すっかりヤサぐれておる。

 この状態の種子島は面白いから色々弄ってもやりたいが。

「お前の表情を見る限り、どうやら白船は動きそうだな」

「島のエンジニアの技術力が半端じゃねえから大丈夫っすね」

「ならば次は大容量バッテリーを動かす為に『ばってりぃ液』を調合せねばならぬか」

「だからヨシコですよ老中。クマ連れて町中歩くんですか?」

「島には学校があっただろ。ヨシコには悪いが暫くはあそこで暮らして貰う事にしたのだ。会津を解放したら学校を再開する事を初めても良いかもしれぬしな。大きな動物との触れあいは優しさを育む」

「まあ、クマっていうか犬みてえな雰囲気ですけど…」

 右肘をヨシコのお腹側に入れて身体を浮かし、そのまま寝坊助なヨシコを背中におぶって長船は学校を目指さんと立ち上がった。クマであっても島の命は民と変わらぬ。

「クマ背負うってどんな脚力してるんですか…」

「冷蔵庫より軽い。それにこれぐらい出来て当然の日本男児だ。何をしたらいいのか解らないという空いたダラダラする時間は鍛錬に費やせばそれで良い。これは自信を無くし内に篭るようになってしまったような者への医療方法としても有効であるのだぞ。身体が強くなれば気持ちは自然と優しくなれる。優しくなれればそれだけで他者とのコミュニケーションも円滑に進む。自信を無くす事ばかりが多い世の中、鍛錬は身体を鍛えるという本来の目的よりも心を優しくするという側面の方が大きいのかもしれん」

「異物を排除しようとする流れに置かれた人間はあっと言う間に自信を失いますからね…」

「ヨシコ、少しの辛抱だ。学校に行けば自由に暮らせる」

「白船は修理というか修繕が出来るぐらいに人が集まりましたし、私も老中とご一緒します。あ、老中。そういや報告する事が」

 少しだけ表情を曇らせる種子島。

 職人にしておくには勿体無いほどの気品。

 美し過ぎる、アトリエの職人。

 クソ娘だが。

 憂いを帯びる表情は民の器に収まらぬ。

 クソ娘だが。

 長船はヨシコを背負って種子島と並んで歩きながら言う。

「どうした?」

「イージス艦。白船の事なんですけど。通常航行が出来る事は出来るまで可能な程度に修理が出来ます。ですけど虎の子の『イージスシステム』が使えません。そのシステムを担当する電子の妖精さんは何処かに行っちゃったままみたいで…」

「面妖な武装は使えるのか?」

「火器管制を担当する電子の妖精さんは眠っていただけのようですから問題無いかと。稼働した事を前提として言いますと、白船の問題点としては妖精さんが少な過ぎるんです。少なくともあと三体の電子妖精がいないと白船は本来の力を発揮出来ません」

「その足りない妖精さんはそれぞれ担当が違うのだな?」

「はい。『抗脅威目標の補足』、『弾薬の自動装填』、『有効兵装の自動選択』が機能不全に陥ってます。老中に説明して伝わるかどうかは解りませんけど、《電子戦については時代のまま、正史の歴史のままで》艦隊戦を行わなくてはなりません。五年前の戦の際に白船は見えない敵を補足していたとの噂が在りますが、今の白船は目視による補足しか出来ません」

 まず目視じゃない補足がおかしいのだが。

 成程。

 そういう、魔術というか呪術というか。

 使えた筈の千里眼は使えぬ。

 使えた筈の攻性魔術は使えぬ、

 長船はそれを聞いてゲンナリとする。

 出来るならば十全に近い状態で白船を使いたかった。

 イージス艦。

 海に浮かぶ、絶対防御の盾。

 結界を張るのは坊主の役目だが。

 まあ、致し方ない。

 しかし、種子島のセリフには気になる部分が在った。

 《正史の歴史のまま》でという一点。

 それは四畳が正史の歴史じゃない事を裏付けるのではないのか?

「まずは白船が再度動く事だ。それに白船の中に眠っていた装甲車も動けば必ず会津を救う有効な手札となる。会津だけではなく戊辰の戦そのものを止める事も可能かもしれぬ」

「新政府の政策というか洗脳というか、確かギリギリ会津まででそっから北には浸透していないんですよね。廃仏毀釈を勘違いした廃仏運動も山形藩や庄内藩、米沢藩では行われていません。このままだと千年近い歴史を持つ仏閣は北国に集中する事になりそうです」

「それと京だな。しかし廃仏毀釈とは決して仏門を滅する為の動きに非ず。十字教を主体に考えた結果が民衆による廃仏運動だ。俺は其処に少し疑問というか引っ掛りを感じるんだけどな?」

「なんです?」

「廃仏運動が国の信仰を潰しておる。《今までの国の歴史を消しておる》。明治政府はこの国を何処かの属国にする事を是とし、今までの積み重ねを消し去る事を促進しているようにしか思えぬのだ。その証拠としてまずは武士を消す廃刀令だろ。そして南蛮由来の商品を扱う商人が政府の後ろ盾を持ち権力を持っておる」

 国そのものを洗脳するには信仰を潰すのが手っ取り早い

 日米通商和平は確実に日本を日本ではなくしていると思うのだが。

 大久保、何を考えておる?

 もう髭を引っこ抜く程度じゃ民は納得しねえぞ?

「兎も角、学校に到着したら薬局で『ばってりぃ液』の材料を分けて貰うか。装甲車は白兵戦における切り札であるだろうし」

「ブロウニングM2が積まれてましたね。あれは対戦車ライフルを連射するようなもんですから、人を殺すだけじゃなく施設を破壊する事にも使えるでしょう。前面の傾斜装甲だけじゃなく側面や背面には反応装甲を採用されていた事を考えれば防御力はこの時代において白船並みだと言えるでしょうね」

「反応装甲?なんだそれは?」

「戦車砲のような大砲の被弾時に内側から炸薬を爆発させて装甲だけを浮き上がらせるんです。直撃したとしても装甲だけが破損してコクピットを保護するってシステムですけど」

「ならば一度使えば交換が必要になるか」

「反応装甲を起動させるような弾薬を敵が持つとも思えませんけどね。なかなかに先代が行っていたあの装甲車の運用方法は良いですよ。後部座席を取っ払ってフリーなスペースにしているので戦場に小さな移動式の基地を持つ事も可能となります。怪我の治療だけじゃなく弾薬の補充、それと老中ならば簡易的な医療移設としても用いる事が出来る可能性があるでしょう。拡張性の高さが半端じゃないのが装甲車の強みかと」

「ならば後部の空いた空間に手術室を入れる事も出来るわけか」

「私のアトリエで製作出来る抗弾ベストで内臓は守られますけど。四肢に被弾した場合の弾丸の摘出などは出来るでしょう。その場合、老中は前線に出る事が出来なくなっちゃいますけどね。それでも移動する手術室というのは大きなタクティカルアドバンテージです」

 長船だけが外科手術を行えるのだから、それも仕方がない事であるが。

 しかし今の四畳藩、戦える侍は楓と長船の二名である。

 義姉は義姉で戦えるだろうが諜報戦が主な人間であるし、五右衛門さんは完全に諜報に特化した人間であるので戦闘要員に数える事が適わぬ。

「島だけでなく日本に戦闘要員を増やさなくてはな。まずは荷を運ぶ仕様にしておくか。会津だけでなく米沢にも佐渡兵器は渡してえ。FALならば在庫は充分にあるのだろう?」

「つーかFALしかないってのが正しいです。老中が使ってるVLTOR・M4は復元出来そうにありませんから」

「ヴェルトロ?」

「ヴェルトールでも良いですけど。コルト社が作ったM4ではなく民間の超高級カスタムを手掛けるアトリエのM4です。銃身長が短く取り回しやすいのにフルオートで撃ってもブレないのが特徴でしょうか。ガンガン前に進んで敵拠点を制圧する突撃兵にピッタリな銃ですね。撃ち味という表現が正しいのかは判りませんけど、ナイツ社のSR16やマグプル社のMASADAよりずっと優等生だと思います」

 ならば御用改めにピッタリな銃という事か。

 新撰組にもこの黒銃が配備されていればと思わずにいられない。

 今はヨシコの涎でビッチョビチョだけど。

「カミさん、そんな銃を使って会津を守ってたのか」

「会津の女性は気丈夫なんですねえ。逃げずに戦うを選ぶなんて」

 だから死んだのだが。

 戦わなくても良いのに。

 子供にまで戦わせる会津の骨太な土地柄。

 長船が一番忌み嫌う風習でもある。

 しかし会津そのものを嫌いにはなれぬジレンマ。


 ヨシコを廃校の校庭に置いて校門を封鎖。眼を覚ませばヨシコは廃校のヌシとして振舞う事であろう。餌を与えるにも命懸けであるが、ヨシコは人がいなくては生きていけぬ。暴れる事もなく素直なクマだ。戦に出陣する際にはヨシコを連れて行っても良い。

 四畳の新たな戦力、クマ一匹。

 島の命、全てが民。

 ならば徴兵してしまえ。

 クマであっても徴兵してしまえ。

「よし。『ばってりぃ』を作り装甲車を動かす。白船はお前が集めた技術者に任せよう」

「いよいよ白船が五年の眠りから覚めるわけですからね。ドキドキワクワクです」

 歯牙を研ぐ。

 失ったモノは全部取り返す。

 いつまで昔の事を言ってるのー?

 奪った者はそう言うのだろう。


 その答えは。


 死ぬまでだよ。

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