第10話

 義姉の働くキャバクラは先代の時代から続く結構な老舗らしく店内は五月蠅くない落ち着いた内装に落ち着いた対応にと高級な物である事が一発で解るお店であった。その義姉は義姉でバックヤードに消えて行ってしまったし長船と種子島は完全に雰囲気に飲まれておるしで物語が全く進まなかったのが約三分。どうやらこの手の店は入場料という仕組みで料金が発生するらしく長船は大きめの財布から藩の金を取り出して支払う。

 此処でも勿論、接待費。

「拙者、会津藩士・黒田長船と申す。コヤツは、社会勉強だ。同席を頼む」

すると丁寧な仕草で席に案内される二人。敷かれている絨毯も毛が長く品の良いものであり、黒で統一された店内には金色に輝く証明が良く映える。

「老中。私、お店に入ったの初めてです」

「何でお前はそんな小声なの?」

 長船も小声であった。

 なんか、大きな声を出したら怒られそうな謎の雰囲気。

「由美さん何処行っちゃったんですかね?この店のナンバーワンの筈ですけど」

「その割には普通にコンビニでバイトしてんのな?」

 小声で話す二人。コソコソとヒソヒソと会話をしておるとムチャクチャ綺麗な女性が二人の席についてくれた。

 ドレスアップをした義姉であった。

 呆け、我を忘れる長船。

 それ程までに美しかった。普段のクソババア成分は何処にも無い。

「一応店に居る時はこの格好してなくちゃならないからね。オラ、あんまジロジロ見るんじゃないよ。身内でも金とるよ?」

 すぐさまクソババア成分二千ミリグラム配合。

 客より先にグビグビと水を男前に飲むその姿はキャバ嬢というより姉御。その真面目そうで堅物そうな見た目でありながら中身は完全に休日の親父。

 前下がりボブ。前下がりボブの親父がおる。

 助けて。

 助けて、ラーメンマン。

「ふわぁ…。由美さんキレ―!」

「ありがとね。けど竜胆ちゃんだってこういうカッコすれば充分綺麗になるさ」

「ふわぁ…。義姉上キレ―!」

「五月蠅いハゲチャビンだね」

 褒めたのに貶される長船。それでもへこたれない長船。

 会津の侍は根性の入り方が違うのだ。

 その長船、義姉からメニューを受け取り様々な酒をまずは眼で楽しむ。

 成程。

 何?

 この料金。

 焼酎一杯で煙草三箱ぐらい買えるんだけど?

「竜胆ちゃんはグレープフルーツジュースで良いね?黒田さんは何飲むんだい?シャンパンゴールドかい?シャンパンゴールドにしろハゲ」

「老中!パァーと行きましょう!」

「いや、折角こんな色々あるんだし色んな酒を楽しく飲むのも良いかなって思_。」


 ドスン、と。ボーイさんが勝手にシャンパンゴールドを置いて風のように去って行った。

 選択権すらねえ。

 なら、なんで選ばせたのか。


「一番テーブル、黒田さんからシャンパンゴールド入りました!」

「キャー!老中太っ腹ぁー!」

「いや…。勝手にボーイがテーブルに置いてったのを注文と呼ぶならそうなんだろうけど」

 透き通り繊細な泡を内包する黄金色の酒。それを義姉は勝手に封を開けて勝手に飲み始める。種子島もジュースとシャンパンを飲み、長船は水しか飲んでおらぬ。

「うあー。シャンパンきくわー」

「うあー。老中の金で飲むシャンパンきくわー」

「うあー。シャンパンもうねえわー」

 ほぼ、空。二人はジョッキでシャンパンを飲んでおる。

 水しか飲ませて貰えぬ。

 健康志向のキャバクラなのか。

 酔いに来たのに酔いが醒める。

 違う。

 五右衛門さんに会いに来たんだった。

「そういえば義姉上。五年前の戦で少し聞きたい事がありまして」

「もうちょっとシャンパン飲んだら思い出すかもしれない」

「老中。もうちょっとシャンパン飲みたいです。これウメエっす」

 しかしシャンパンは高いのだ。コヤツ等全然味わって飲まないし。


 ドスン、と。

 ボーイさんが勝手にシャンパンゴールドを置いて風のように去って行った。どうやら既にボーイさんは注文の品を手に待機していたよう。随分気の利くボーイさんである。一度殴りたいぐらいには気の利くボーイさんである。


「黒田さんからシャンパン二本目入りました!」

「老中太っ腹!良いぞ!」

「俺まだ店に来て水しか飲んでねえのに店内のこのテンションの上がりようだよな。俺以外の皆が楽しそうだから良いんだけどさ?けど俺は楽しくねえってのがポイントな!」

 長船だけが置いてけぼり。透き通り繊細な泡を内包する黄金色の酒。それを義姉は勝手に封を開けて勝手に飲み始める。種子島もシャンパンを飲み、長船も慌てて続く。

「くあー、二本目は更にきくわー」

「くあー、老中の金で飲む二本目美味えわー」

「くあー、勝手に三本目来たわ―」

 彼が五右衛門さんで間違いない。勝手にテーブルに最高級の酒を置いて親指をグッと立てて去っていく。余計な事をしているのにいい仕事したでしょ的な笑みと共に去っていく。ゴーグルのようなサングラスにオールバック。パリッとした恰好。間違いない。あのぶん殴りたいボーイさんが五右衛門さんだろう。流石に三本目は長船が飲んだ。爽やかな果実の風味が鼻腔を擽る。

 こりゃ、うめえや。

 こりゃ、高えや。

 助けて。

 助けて、ラーメンマン。

「んで。五年前の戦について何を聞きたいんだい?」

「えっとこの島の誰が戦に参加していたのかとか色々あるんですけど。まず白船を動かす為に必要な人材を探す事が先決ですからね。島に残る者で誰が白船に乗っていたのかを知りたいと。封鎖区画の鍵は受け取りましたが封鎖区画を開放したところで白船を動かせないのでは」

「あー酔ったー」

 種子島は椅子に横になり、するとすかさずグラサンのボーイさんが毛布を種子島にかけた。

 随分とアットホームなキャバクラである。いや、キャバクラというのは本来こういう飲み屋なのか。長船はそう理解した。ならば入場料を必要とするというのも理解出来る。

 キャバクラとはきっと親身に尽くしてくれる飲み屋なのだと理解した。

 当たらずとも遠からずなのは武士の洞察力か。

「あ、義姉上。焼酎下さい。種子島はもう飲めないようですし」

「黒田さん、まだ飲むのかい?」

「義姉上がお綺麗ですからね」

「褒めたって焼酎がシャンパンになるだけだよ」

「褒めるの止めます」

「ハゲ。褒めろ」

 どうしろと。

 構ってちゃん、全開か。

「ボーイさぁーん、焼酎くださぁーい?」

「あっ⁉ハゲ!オーダーはキャストの仕事だぞ!」

 グラサンのボーイさんがすぐに席に来てくれた。

 全くの無音の移動術。

 成程。

 気付けばボーイさんもキャストのお姉さんも皆、隙が全く無い。

 それは義姉を含めてだ。

「お呼びでしょうか?黒田様」

「俺に焼酎をロックで。それと義姉上も交えて聞きたいんだけど、此処って普通のキャバクラじゃねえだろ?店内の人間、もしかして忍びの者で構成されてねえか?」


 義姉とボーイが仕込みナイフを長船の喉元に向けるのは同時だった。

 それでもそんな危機は慣れっこだった長船は構わず喋り続ける。


「先代の頃から続くキャバクラって事は此処が四畳藩の諜報部。もしくは情報部ってとこか。なら聞きたいのです。白船を動かす為に必要な人間をどうしても俺は知る必要がある」

 義姉もボーイさんもおっかない顔をしておるが。長船も此処で退けぬ。先代から続くキャバクラならば五年前の戦も経験している筈だ。知りたい事は此処で聞けると確信している。必要な情報も手に入れる事が出来ると確信している。ならば何故退く事など出来よう。

 にらめっこは苦手だが。アップップーは苦手だが。

 鼻の穴だけヒクヒクさせると必ず相手が笑うのだ。

 にらめっこの極意である。

「五右衛門さん。大丈夫だよ、黒田さんは敵じゃない。こんな間抜けなスパイも居ないだろうしね」

「失礼を致しました。由美からお話はかねがね。私、当店のボーイで五右衛門と申します」

「で?この店ってやっぱそうなん?」

 その質問には義姉とボーイさんが黙って頷くだけ。

 そりゃあそうだろう。

 此処まで店内の音がクリアに拾える空間など他には無い。恐らくは壁の中に防音材と一緒に何か仕込まれていると考えるのが自然だ。壁だけではない。床下にも何か情報を集めるような機器が埋め込まれていると思われる。ステージに用意されたマイクも誰も歌わない事から集音を目的とした物であると推測出来る。

 四畳藩・諜報部。ならば妻の普段の身のこなしも納得出来るというものだ。

 義姉がコンビニでもバイトしているのも恐らくは情報を集める為であろう。

 色々と腑に落ちる。そして小声になって話す長船。

「義姉上。どうして話してくれなかったんですか」

「クノイチですって自分から話すバカが何処にいるんだい。そりゃアタシだって迷ったさ。けどアタシ等には見ざる聞かざる言わざるの誓いってのがあるんだよ」

「五右衛門も如何した物かと悩んでいました。まさか会津松平家の遣いの者が店に来るとは思っても居なかったものですから。由美は由美で簡単に連れて来てしまいますし」

 バツの悪そうな義姉。

 何処か、恥ずかしがっておるのだろうか。

 ムッチャ可愛かった。

 クソババア成分配合でも、美人さんは得だ。

 何やっても許される。

「黒田さんは今ん所、この島の代表だからね。知る機会を伺ってたってのはあるさ」

「五右衛門さん、話した通りです。白船を動かす為に必要な物とはやはり封鎖区画に?」

 するとボーイさんは流れるような仕草で一枚の紙切れを長船に差しだした。

 仲良く並んでそれを見つめる長船と由美。

「なんだい、これ?」

「見取り図のようですが…」

「封鎖区画内部の地図になります。先代が会津からの遣いに渡せと五右衛門に命じました」

 入口から右手には大きな施設が並んでおり、その施設に向かい合う入江には何か大きな船の形をしたものが描かれてある。間違いない、これが白船だ。

「先代は会津から島に遣いを出す事まで読んでいたのか…」

「それがアタシの身内だとは思わなかっただろうけどね」

「会津黒田家といえば調べようにも情報の守りが堅い由緒正しき御家柄。その黒田様ならば封鎖区画の基地を正しく使ってくれる事でしょう。白船が動くのであれば当然五右衛門も乗組員として乗船する事に異存はありません」

 先代はどれほど賢いのだ。

 勉強も出来るのだろうが恐ろしいまでに先見の明がある。

 しかし基地とはなんだろうか?

「五右衛門さん。基地とは?」

「軍事施設になります。城を幾つかの施設に分けた物だと考えてくれれば解りやすいかと」

「確かに、この見取り図には建物が幾つかあるけどね」

 ならばその基地を手に入れれば四畳は城を得る事に繋がるのか。

 城の在る無しでは軍事優位性がまるで違う。

「ふむ。鍵は和尚から受け取ったし。ならば明日にでも封鎖区画に向かってみませぬか?今日は此処に楓が居ないので、明日、楓も一緒に」

「山本楓。確か、由美の従兄弟で自由剣歴代最強と謳われる人斬りでしたね。五右衛門も何度か見かけた事があります。見かける度に違う女子を連れているのが気になりましたが」

「美空ちゃんって可愛い彼女がいる筈なんだけどね。何をしてんだかアイツは…」

 楓は死ねと思ったが、これで封鎖区画を開放するに一歩大きく前進した。

 長船は大きく息を吐き出し胸を撫で下ろす。

 漸くだ。

 漸く、自分が会津を離れた意味が産まれるのだ。

 兎も角、明日。

 全員で封鎖区画に向かう事からだろう。

 長船は注文した焼酎を飲む。

 先程飲んでいたシャンパンよりずっと安い筈であるのに、ずっと美味い。

 カランと氷がグラスの中で踊る。

 まるで長船を祝福しているようだった。

「この店舗は二階が男子用の宿舎。三回が女性用の宿舎としても使えます。五右衛門はもう遅いので今日は此処に泊まる事を提案しますが?」

「そうだね。黒田さん、此処の宿舎はビジネスホテル並みの機能があるんだよ?」

「えっと、それってこの店の酒を好きなだけ飲んでも良いって事ですか?」

 その問いに五右衛門は笑い、義姉は溜息を吐いた。

「黒田様。それは勿論です。此処は酒を楽しく飲む場ですからね」

「ハゲ。どんだけ飲むんだい」

「義姉上がお綺麗ですからね。もうシャンパンは不要ですが」

 夜は更けていく。

 酒を楽しく飲み、一般客が帰るまでずっと長船達は飲んでおった。

 他のキャストのクノイチも交えてのその夜は決起集会にも似た暖かさがあった。

 目を覚ました種子島は何が何だか解らないままフルーツの盛り合わせとカクテルを飲んでまたすぐに酔い潰れ、五右衛門はクール極まりない仕草でコンビニで夜食を買い出ししてはテーブルに並べ、義姉をはじめとしたクノイチ衆は普段着に着替えて普通のお姉さんとして楽しげに酒を飲み、長船は安堵した事で酒を美味いと思ったのかメニューに載るカクテル以外の酒を全て飲んでみる事にした。

 洋酒が苦手であったが、この店の物は香りが深く味わいもきつくない。その中でも『ブック』という容器が本の形をした洋酒は本当に美味かった。美味くて丸々一本を空けて、その値段を聞いて完全に藩の金で飲んでしまおうとも思った。

 物語は進む。

 しかし、進んだからこそ避けられぬ。


 次の日。

 島では大量の維新志士が我物顔で街を歩く事など。

 この時の長船には、想像も出来なかった。

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