第5話
◇
藩邸に戻ると楓が何やら狭い四畳半二間でピコピコと音が鳴る鈿入れのような箱を触って暇を潰しておった。ズバァだのギィンだの鳴るその箱はそれこそ鈿の先で突くような必要性があるらしく楓はしばしば箱に収納された見た事も無い材質の鈿で箱の艶々する部分を突く。
「ただいま戻った」
「お帰りなさいませ、老中」
「楓、何をしていたか」
「モンハンしてますけど?」
「なんで幕末に3DSあるんだよ?」
「ペリー持ち込んだからじゃね?」
3DSと言ってしまった長船。
何となく負けてしまったような、何となく悔しいような、でもそれは自分自身の力量の無さで誰が悪いってペリーが悪いのだが。長船はペリーが嫌いだ。国を開いたどころか国を抉じ開けおった。おかげで国はアリの巣を突いた様な有様である。
ペリーが責任取れよと、無責任な事を思う。
お前のせいなんだぞと、子供みたいな事を思う。
「老中、従姉妹は息災でしたか?」
「ああ、初めて会ったがカミさんに似過ぎてて些か心乱れた」
「イササカ先生がですか?」
「イササカ先生は心乱さぬ」
「じゃあ誰の心が乱れたのですか?」
「俺だよ俺。イッツミー」
「私、南蛮由来の言葉は存知兼ねます故」
「俺だって知りたくねえよ外国語なんか」
長船は藩邸の外にある井戸ではない蛇口とか水道とか呼ばれる澄んだ美味い水が無制限に出る謎の穴を使い手を洗った。身に沁みる程の冷たさは義姉と出逢い火照った身体を醒ます。双子は言えどまさかあれほど似ているとは思わなかった。双子でも何処か顔は違う物であるのに義姉と妻は生き写しのようであった。似ているのは顔だけでなく、ムチムチでプルンプルンなところも同じであった。心が乱れる。些かではなく大いに。飯炊きのオナゴは痩せよう痩せようと呪文のように唱えておるがオナゴは痩せていては男にモテぬ。男はムチムチでプリプリが好きなのだ。少なくとも長船はムチムチでプリプリが好きなのだ。
長屋の一角にそのまま職場がある四畳藩藩邸。
子供の声や近所に住まう奥様方の声に包まれる職場。
ムッツリと黙って黙々と仕事をするのが会津の武士であり、少しでも私語をしようものならば城の何処からか御家老が飛んで来ては「士道不覚悟。士道不覚悟。ニイタカヤマノボレ」と口煩く言って来たものだ。ニイタカ山が何処なのか、そもそもどんな意味があるのか長船は知らぬ。その御家老も戦に巻き込まれて消息は不明だと聞くが、長船はコッソリ討死しててくれたら良いなと不謹慎な事を思った。うるせえし、若者を苛めるし、さっさと隠居して家に引き籠れと誰もが思っていた。
さて、四畳藩の老中として仕事は沢山あるだろう。
会津の頃から比べたらいきなりの出世だが、尻込みしてはおれぬ。
何をやって良いか解らぬ時は分かる者に聞くのが侍だろう。
「楓。俺は何をすれば良いか?」
「もう何もしなくても良いです」
沢山無かった。
仕事が無くなってしまった。
長船の一日、早くも終了である。
「私が燃ゆる水の精錬所を見回りして来たので本日の業務は終了です。お疲れ様でした」
「おいおいおい!四畳藩それで良いのか!もっと何処と取引があるとか何処で公共工事があるとか誰が困っててとかはねえのか!」
「今は何にも無いですね。佐渡は基本的に平和です。燃ゆる水があるんで」
「俺、何の為に佐渡に来たのか解らねえじゃん」
「転校生は馴染むまで大変ですね?」
「それが異世界みたいな島だと尚更な…?」
何もしなくては物語が進まぬ。
何もしなくていいなら何もしたくないが。
「姫は奥間でお休みか?」
「布団に入りながらゲームしてます。誰も部屋に入れるなと。襖を一度叩いたら飯を持って来いと、襖を二度叩いたら飲み物を持って来いと。寝ているから日中は五月蠅くするなと。それとカミさんカミさんと老中が五月蠅いと。結婚だけが女の幸せではないと。楓は楓でなんだかムカつくから部屋に近付くなと」
歯を剥き出しにして全てを威嚇する捨て犬のような姫であった。
「世の中には敵しか居ないとお考えのようだが、姫は精神を病んでおられるのか?」
「何か人格が狂う程の悲しい事でも経験されたのか、それとも甘やかされて育ったので根性が無いのか。私は確実に後者だと思いますけど」
「結構な年齢の割に子供な所があるからな。折れる事を学ばなかったのか」
「学ばなくても良い環境で生きて来たのでしょうね。なまじそれが通用したから声を荒げて駄々をこねる事が自分の意見を通す際の常套手段となっているのでしょう。あーやだやだ」
会津に来たら性根を入れ替えてやるのだが。
部屋からさえ滅多に出ない姫にそれは望めぬだろう。
一人娘を蝶よ花よと育てたい気持ちは解らぬでもないが、それは娘の為にはならぬ。
先代はどうやら育て方を間違ったらしい。
「そういえば老中。この藩邸に意見というか苦情が数件入っていまして」
「なんだ、どうかしたのか?」
「老中のその髪型が気持ち悪いと」
「それ侍に言う事じゃねえぞ!」
月代を剃る事はいつでも兜を身に付け戦に馳せ参じるのだという気概の現れ。
それを気持ち悪いと言われたら一体如何にすれば良いのか。
「なのでまずは髪をその真ん中ハゲに揃えて下さい。着物は佐渡でも着ている人間が別段珍しくはないのですが、その髪型はこの島では目立ち過ぎます。侍は目立ってナンボとかの本州のお考えは棄てて下さい。いずれ着物も佐渡の侍の物に変えて頂きますが」
「月代に揃えるって、坊主にしろってか?」
「はい。丸坊主になってください」
「出家しろってか?」
「ひと月もすれば髪は伸びます。もし、その丁髷で洋服を着たらどうなりますか?」
「変態だって言われると思う…」
その辺りの理解は早かった長船。会津の城で働く仲間が泥酔し褌一枚で町を歩いた際に変態だと民に石を投げられていた事を思い出したからだ。その仲間は町娘が投げた石が頭部に当たり、その町娘をいつの間にか嫁に貰っていた。
出逢いは拒絶の意味を込めた投石から。
漬物石を頭に投げられてよく無事だったと思うが。
会津の侍は石頭だと言われる。
恐らくはそう言う事なのだろう。
物理的に頭が硬いのだ。比喩でも何でもなく。
まあその仲間も一年後に脳挫傷で死んだのだが。
やはり漬物石を投げられては無理だったらしい。
結ばれた奥方は人殺しと蔑まれ離縁され今は酒浸りの日々だとか。
そもそも泥酔し褌で踊らねばそんな悲劇は起こらなかった。
誰が悪いって酒を飲んだその者が悪い。
懐かしい話題である。長船は外で酒を飲まずに屋敷で妻と二人で飲むのが好きだったので、そういう類の酔った際のやっちまったストーリーがあまり無いのだが。あるとすれば酔っ払ったカミさんを抱き抱えてぎっくり腰になった事ぐらいだ。
「坊主にするのは良いんだが。俺は洋服持ってねえんだぞ?」
「支度金として会津の殿様から五両預かっています。街に出てこれで準備をするがよいとの託けをされてます。ドラクエの王様みたいな殿さまですね」
「そんで俺は勇者でもねえしなあ」
一介の侍に過ぎぬ。
殿、其処までしてくれるとは。
やはり自分に課せられた使命は重い。
一刻も早くに会津に援軍を。
この島の兵器を会津に送らねば、妻が無駄死にとなる。
「老中はデカいですけど、身の丈はどれだけあるんですか?」
「丁度六尺だ。デカいと着物を仕立てるのも大変でな」
「私は一七〇㎝しかないというのに、贅沢な悩みですね」
「㎝?なにそれ」
「佐渡の測りです。一尺が三〇㎝になります」
「なんで幕末で㎝計測法なんだよ」
「ペリーが変えたんじゃね?」
北辰一刀流千葉道場の同門だった坂本もそういえば同じぐらいデカかったか。あやつの場合は髪がクリクリだったから長船の方が小さいと思われがちだった。大きな者は大きな者で仲良くなるのが人間であるらしく、意気投合して店に迷惑が掛かる程に飲んだものだ。土佐弁が酷くて話している内容は殆ど聞き取れなかったが、良い男だった。
奴はその後に土佐藩を抜けて京で死んだと言われている。
同じ釜の飯を食った同門が死ぬのはやはり辛い。
それが親友ならば尚更だ。
「従姉妹。老中の奥方様もデカかったですね」
「半尺。佐渡ならば十五㎝か?男女が並んで一番見栄えがするのはその差らしい。そんな話をするとカミさんはチロっとだけ足りないって泣いてたっけか」
よく泣く娘だった。
長船に足を切り落として身長を揃えろと無茶を言うような娘だった。
「私にも美空という恋人が居ますが。美空と私は十㎝も差がありませぬ」
「気にしなくて良いんじゃないか?見栄えを考えてオナゴを選んでおっては誰も見つかるまい」
「しかし、よく老中のような人相の悪い方にあのフワフワ系の従姉妹が嫁ぎましたね。老中、絶対に年下の男子にモテるけどオナゴに嫌われるタイプでしょう?」
「この顔のせいで何度盗賊扱いをされた事か。盗賊改方がいきなり俺ん家押し込んで来た事もあったからな。あの時は押し込み強盗が来たって夫婦で驚いたもんだ」
「会津藩士が盗賊だと思われるのも間抜けな話ですね」
「カミさんと二人で全滅させちゃってな。次の日、殿さまにビンタされたのだ」
長船は被害者なのに「何を考えてるんだい黒田くぅ~ん?」と殿にビンタされた物だ。後に聞けば人相書きが長船にそっくりであったので盗賊改の連中が勘違いをしたとの事。「黒田殿、誠に申し訳ない。あ、奥さん、へへへ、こりゃどうも。あの、これつまらないものですけど。先日に押し込んだお詫びとしてはなんですが仙台銘菓の萩の月ですぅ~」と、何故か幕末にカスタードクリームが美味しい銘菓を貰ったのだ。長船は北辰一刀流を免許皆伝しておるし、妻は妻で喧嘩が強いしで、盗賊改の連中は揃って整形外科に行く事になったのだが。もうちょっと落ち着いて物事を考えて欲しいと当時の長船は思ったのだった。
萩の月を気に入った妻が「会津棄てて仙台行くぞ」と旅支度をしたのは別の物語である。
「由美と美香のあの姉妹は身体が大きいのに同じ血が入っている筈の私が小さいのは納得がいきませぬ。身体が小さくてランエボを乗っていると「オシャレ頑張ってる」とか「カッコつけようと必死だね」とか言われるのです。背の低い者は低い者で悩みがあるのです」
「身長の大きな者は小回りの利く馬を好み、身長の小さな者は大型の馬を好む。それは三国志の時代から言われている事だ。気にするな」
「さすが清国三千年は説得力が違いますね」
「あの曹操だって自分の容姿に自信が無くて、イケメンな文官を玉座に乗せて敵国からの使者を出迎えたんだからな。人間の悩みなんかは千年以上前から変わらねえんじゃねえ?」
結局曹操ではないと見破られ、その使者は人を見抜く力に長けていると判断されて暗殺されたのだが。これもまた人間らしい。出来る人間を殺すのは中国でも日本でも変わらぬ。愚かで劣る者に此の世は寛容に出来ているのだからと長船は諦めにも似た感情を溜息と共に吐き出す。
「ゲームだと劉備の能力値がムチャクチャ低くてビックリしますよね。コイツ何も出来ねえオッサンじゃんと突っ込んだ記憶があります。逆に曹操が内政に戦闘にと何でも出来過ぎなんですが」
「蜀は代わりに家臣の者が優秀だったからな。軍神は算盤を産みだした者として今や商人に信仰される神となっておる。劉備玄徳が本当に漢王朝の子孫なのかどうかは、世界中で今も論ずられておるらしいが」
しかし王朝の子孫であった方が夢がある。
長船はそのロマンを大事にしたい。
「本当に王室の者だったら、居酒屋に居るオッサンのような能力値では無いのでは?」
全くロマンの無い事を言う楓。
「まあ、四畳藩のこの人材不足からすりゃ羨ましい話だよ。侍二人しかいねえんだから。お前は治安維持を専任だし俺は実務全般なんだろうし」
「ウチの場合、実務担当の曹操と治安維持担当の夏候惇の二人だけって言えますしね」
戦になればあっと言う間に滅ぼされるのは目に見えておる。
そもそも戦にすらならぬ。
佐渡のこの技術を知れば皆が押し寄せても良いようにも思えるが。
「優秀な人材は戦に駆り出されて皆が死んだ。無能な人間は城に引き籠り自分の事ばかりの保身ばかりだから本当に優秀な若い奴から死んでいく。自分より若い奴が死ぬってのは辛いぞ。お前はまだ二十歳だから解らんかもしれんが」
「老中は会津の戦争を経験されているんですよね。私はまだ経験していません」
「経験しなくて良い。あんなもん」
その日郊外にある農村に新政府軍が攻めて来たと報告を受けて迎撃任務に就いていた。その新政府軍の鉄砲玉は皆がまだ元服をしたばかりの子供で指揮官ですら今の楓ぐらいの年齢だった。城に戻れば女達が銃で戦っており、長船は其処で陽動であると気付き女達は本隊をぶつけられたのだと知った。当然、女子供では城を護るだけで精一杯。妻が死んだのもその時の戦いでだ。会津の女は「黒田さんが護ってくれました」と妻の奮闘を称え感謝したが、長船にその言葉は届かなかった。ただ、妻がこの世界から居なくなった事を突き付けられ、茫然自失とした。その日を境に思えば死ぬ場所を探す為に前線に率先して出たのかも知れぬ。鎧の返り血を落とさぬまま飯も食わぬまま、ただ折れた槍と刀を取り換えるだけで前線に戻った。
一人でも多くを斬れば一人でも多くを護れるとは方便で、一人を斬れば憎悪は敵に広がり戦意を高揚させるのだ。家族を失った者と友を失った者の憎悪が理性をかなぐり捨てた野獣のようにぶつかり合う。それが戦だ。
だから長船は維新志士を許せぬ。
信念をぶつけ合う戦は仕方がない。
そもそも侍とは国を守るのが役割であるのだから戦で死ぬのは仕方がない。
許せぬのはその戦で得をする人間が明確に解っている事だった。
戦を望む者が日本に存在する。
それだけで長船は気が狂いそうになるのだ。
命懸けで戦っている時に金の勘定をしているような輩が許せぬ。
命懸けで戦っている時に損得勘定で動く人間が許せぬ。
剰え、その生き方を「賢い」と宣う者なぞ。
醜い。
カッコ悪い。
人間としての魅力が全く無い。
誰かの真似ばかり。
猿真似ばかり。
そんな偽物のなんと世に多い事か。
それとも世に偽物が多いから偽物が蔓延る社会になったのか。
「マジで早く会津に援軍を送らねえとシャレにならない国になるな」
「援軍を、ですか?」
「新政府は意識の統一を図るって名目で中央集権に躍起になってるだろ。廃藩置県がそのいい例だ。その廃藩置県は言い換えれば侵略だからな。その地で生きている者を追いだし都合の良い者を住まわせる。新大陸じゃ先住民が船に乗ってやって来た白人に追い遣られていると聞くが、この小さな島国でさえおんなじ事をやってる。バカだよな人間ってのは」
「此処は佐渡県になるのですかね」
佐渡は村上藩の一部として計上されていた筈だ。ならば村上県になるのか。
その辺りはよく解らぬ。
会津を護れればそれで良い。
新政府もまさか本気で全滅させるまで戦いを辞めぬなどとは言うまい。
なんか本気であの頭の悪い連中は言いそうだが。
言わせぬ。
私怨で戦っているわけではない。無論、長船は新政府との和解を望んでおる。
和解をし、協力体制を敷ければと思っておる。
しかし、妻を殺した隊を指揮していた者だけは別だ。
あの者は一族郎党に限らず、関わった者は職場の人間だろうが保護者会だろうがピーテーエーだろうがなんだろうが皆殺しにしてやる。
「話は戻りますが老中。その髪型もそうなのですがまずは装備を整えて下さい。島は安全ですが此処と本州は違います。何よりそのお召しになっている着物が目立ちますので」
しかし着物は日本人の民族衣装。
袴に襦袢に帯に草履。
それが侍であろう。
「装備と言われてもな。刀は業物であるし妻の形見の銃はあるし」
「ツナギ無しに公務は出来ませぬ。しかもブーツではなく草履ではありませぬか」
「幕末にツナギなんかねえよ」
「あります。島の反物屋でもデニムのツナギが売られています」
「なんで幕末にデニムあんだよ?」
「ペリー持ち込んだんじゃね?」
黒船凄い。
ペリー凄い。
長船は再度あのムチムチ頬っぺたのオッサンに恐怖した。
「楓。お主の装備もデニムが多いのか?」
「そうですね。私は人斬りなので頑丈で刃物を通し難いデニムを愛用しております。基本的にユニクロで揃えてまする」
「ユニクロ良いよね」
「ええ。一両もあれば全身揃います」
幕末からユニクロは基本であろう。
動きやすいし安いし失敗しない。
お金が無い大学生はユニクロが無難だ。
「敵は本州の維新志士だ。島には維新志士の他にどのような脅威がおる?」
「害獣が多いですね。島の食べ物は美味いですからカラスや野犬はゴミを漁り肥え太るのです。そうした害獣の駆除を我々侍が行うのが取敢えずの任務となるかと。最近は灰色熊も身かけると噂されていますし」
「日本にグリズリーなんか居たっけか?」
「泳いできたのかと」
「島にか?」
「はい。背泳ぎして来たのかと」
灰色熊は背泳ぎなどせぬ。
ちょっと可愛いかもしれぬが。
島の工業技術は半端じゃなく高くとも野生動物の危険性は高いのか。ならば装備は戦支度というよりは山での狩りに使う装備に近いものにした方が良いかもしれぬ。会津に居た時は山で害獣である鹿や猪を狩っては城の皆と食べたものだ。
必ず隣に妻も居た。
妻は、武士より肉を喰っておった。
貴方!
熊の胆よ!
万能薬よ!
すっごいパワー出ちゃうんじゃねえの!
何で泣いてんの?
犬に似てるから殺すのが可哀想?
アホか貴様は。
クマはクマで生きて。
人は人で生きるのよ!
生きるを諦めちゃダメ。
生きるに疲れたら旅に出るの!
なんの旅?
そんなもの決まっておろう。
我より強い奴に会いに行くのだ。
居なかった。
カミさんより強い人間、何処にも居なかった。
フィニッシュブローである右のブラジリアンキックから左の飛び後ろ回し蹴り。
その技を覚えた辺りからカミさんより強い女子は居なかった。
「装備を整える為には何処に行けばよいか?」
「そりゃ武器屋かと」
「武器屋があるのか?見た所、刀鍛冶を行う職人も甲冑を鍛える職人も見当たらぬが」
「アトリエ種子島銃砲火薬店に行けば装備は揃うかと。狩猟用の迷彩服や狩猟用の安全靴なども販売していますから。私の幼馴染が経営している店なのですが銃などの兵器を鍛える事が出来る奴でして」
ならば是非そのものとは懇意に付き合わねばならぬだろう。この島の技術をまずは理解しなくてはならぬ。燃ゆる水の影響力が強いのか島はそのまま異世界とも呼べるのだ。たとえ異世界であっても慣れねばならぬ。エルフ耳の美人さんやロリッコ魔道士なんぞ全く出て来る気配も無いが、異世界なのだ此処は。
「しかし黒船の持ち込んだ物は凄いな。生活がガラリと変わっただろうに」
「黒船よりも大きく性能の良い船を四畳は有していますけどね。石炭で動く黒船とガスタービンで動く白船では全くの別物でしょうから。ガレオン船であっても踏み潰す事が出来るかと」
「白船?」
なんだそれは。
それに黒船より大きな船だと?
そんな物があれば戊辰の戦を終らせる事が出来るのではないか?
長船、楓に身を乗り出して聞く。
会津を救うには恐らくその『白船』なる兵器が不可欠だと思ったのだろう。
「楓。その白船は今何処にある?」
「入江付近を封鎖してある区画が島にはあるのですが。噂では其処に。先代の藩主が戦った五年前の戦で使われた限り動いている姿を見た者はおりません。島の人間が手にする銃などの兵器も五年前の戦で使われた技術を用いて民に普及しています」
聞いた事が無い。
そんな戦は。
「五年前、戦なんか在ったか?」
「ええ。歴史に記されない日本で最初の近代艦隊戦であったと聞いています」
「カンタイセン?」
「船同士の戦いに御座りまする。五年前は先代が動かしていた兵器は封印されたまま島の何処かに眠っているとの噂ですね。白船もそうですが空の黒船もあったそうです」
空の黒船。
よく解らぬ。
空を如何にかするのだろうか?
「白船は『イージス』という名の強力な船なのですけど。今は動かせませぬ。先代が死んでこの島の技術力は大きく低下しましたからね」
「先代はそのような船を使って何を行おうとしていたのだろうな?」
「それは誰にも分かりません。さ、老中は装備を整えに行ってください。舞茸の天ぷらを食べながら装備を整えて下さい」
「舞茸でなくてはならぬのか?」
山で見つければ嬉しさのあまり踊る程に美味い茸だから舞茸と呼ぶ。
舞茸の天ぷらは確かに美味いが。
山で見つけて躍った事は無い。
武士は踊らぬ。
心躍る事はあるかもしれぬが。
妻が死んでからは心も踊らぬ。
「いえ。私が食べたいので。ついでにクルマエビと大葉の天ぷらも食べたいです」
「お前の気分じゃねえか」
「更に言えば飲みたいのです」
「そりゃ俺だって飲みたいわ」
楓は如何にも遊び人気質が抜けぬ。
幾ら百姓から侍になったとはいえ。
その遊び人気質は如何な物か。
「メキシコの若者はコロナビールにライムを搾り朝から飲んでおります」
「此処は日本だ。時空を簡単に超えるものではない」
「時空剣士ですので」
「お前は時空を超えた酒を飲む剣士で、時空を切り裂く剣士ではない」
「舞茸の天ぷらを食べながらZIMAを飲んでダーツがしたいのです」
「ZIMAを舞茸の天ぷらで飲むってのも珍しいけど…」
ビールが苦手な若者はZIMAでまずは慣れるべきであろう。
なんで『じーま』が島にあるのかを問う事はせぬ。
ペリーが持ち込んだのだ、きっと。
ZIMAで喉越しに慣れたらビールを飲めばよい。
コロナと同じくライムを搾って飲むと美味い。
揚げ物に特化したというか揚げ物にしか合わないのが難点だと長船は思うが、それは人の好みの問題。それぞれ好きにすれば良い。
「まず老中のその真ん中ハゲを何とかしなくてはですね。あ、坊主は坊主でもオシャレ坊主とか要らないんで」
「坊主頭にオシャレもなにもなかろう」
「坊主頭に線を引く髪型もあるのですよ老中」
「坊主頭に線を引く?」
なにそれ。
床屋さんのメモ?
電話番号とか最寄りのケーキ屋さんに行く為の地図とか描かれるの?
それがオシャレなの?
島のオシャレって変わった事をすりゃそれで良いの?
いやメモならメモで動かずジッとしてるけど。
電話しなくちゃならないもんね。
地図忘れちゃ大変だもんね。
侍って民の為に生きてこそだし?
「黒胡椒をたっぷりと振りかけた舞茸の天ぷらが美味しいのです。さ、昼餉として天ぷらを食べに行きましょう。ついでに種子島のアトリエ近くまで私が送っていきますので」
「む。それは助かる」
「種子島の店に行く前に髷結い処で坊主にしてから行きましょうか。着替えが住んだら洋装に慣れて貰う為にも歩いて帰って来て貰う事になりますが」
「構わん。歩く事は健康維持にも必要だ」
たとえ引き籠りであっても歩く事を忘れてはならぬ。
だからこそ姫にも歩いて貰いたいのだが。
「むっちゃ歩いて貰う事になりますが」
「構わん。歩く事は健康の基本だ」
「老中って健康マニアですか?」
「そうでもないが?」
それは役割なのだ。
長船は健康を管理する侍である。
戦う医者なのだ、長船は。
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