ヴァーチャルヤオヨロズ

亜未田久志

プロローグ


 今回の配信が始まる。


 歌唱系ゾンビVtuber「空蝉骸」の人気は絶大だった。彼女はその圧倒的歌唱力で観衆の心を射止めた。そんな彼女の下にが現れる。

 雑学系雷神Vtuber「本棚トール」だ。彼は登録者数こそ骸に劣るもののその知識量からコアなファンが多い事で有名だ。

 そして二人に共通しているのは「Vヤオヨロズ」出身だという事。

 これから始まるのはコラボ配信ではない。

 VR空間で行われるだ。

 銀髪碧眼の美女の前に、眼鏡をかけた金髪痩躯の男が歩んでくる。その手には柄の短い槌。対する骸に武器らしい武器はない。

「知ってるかな、ゾンビってのはもともとブードゥー教発祥の――」

「あーそういうの、いいから。早くりましょう?」

 それを合図にゴングが鳴り響く。VR空間内にバトルフィールドが設置され観衆が集う。そこに明日野響という少年、後の「天照ウルフ」がいるのだが、今はただの勘客Aでしかない。

 今回の主役は骸とトールだ。

「やれやれ、話を聞かないお嬢さんだ。僕から得意分野を奪わないでくれ」

「私の得意分野は歌う事。話を聞く事じゃないわ」

「平行線だな」

「平行線ね」

 トールが槌を地面に振り下ろす。同時に雷撃が骸に直撃する!

「雷の電圧は一億ボルト相当! 流石のゾンビでも焼き切れば死ぬはず!!」

 しかし、しかし、しかし。

 歌声が聴こえる。

「なに?!」

「悪いけど地力が足りないのよね」

 空蝉骸の登録者数は五十万人。

 本棚トールの登録者数は十万人。

 五倍の差は小さくなかったということ。

 彼女が歌うのは流行りのアニメ主題歌。

 その曲調に合わせて彼女の動きがゆらりと閃く。

「絶対、赦さない」

 サビの一番盛り上がるところで骸はトールの首筋に噛みついた。

 ゾンビの一般的な認識は接触からの感染である。

 つまりは毒。

 トールのヒットポイントがみるみる減っていく。

 それがゼロになる頃にはもう首筋から歯は離れており。

 歌が再開され、骸はもうトールの方を見向きもせずに観衆に向かって歌い続けていた。

 歌い終わった頃。

「BATTLE END」

 の文字と

「WIN 空蝉骸」

 の文字が虚空に躍る。

 勝者には少なくないインセンティブが入る。

 そして敗者は。

「一ヶ月間、一切の活動を停止、世俗を追うVtuberにとっては決して小さくない痛手よね」

 そう、これが誰でもVtuberになれる魔法のアプリ「Vヤオヨロズ」の実態。

 それでも。

「すっげー!」

 その世界に憧れた少年がいた。

 繰り返し言おう、本名、明日野響、Vtuber名、天照ウルフ。

 彼は後にVヤオヨロズから鮮烈なデビューをすることになる。

 ぜひ、期待して欲しい。


 そうして今回の配信は終わるのだった。

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