第5話 二人の『先生』と二人の初心者

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 初枝は、パソコン教室の明るい教室で、キーボードを人差し指でゆっくりと叩く。彼女は真剣な表情で、講師である篠宮綴の指示に従いながら少しずつパソコンの操作を覚えていった。


 そして、篠宮綴との練習の成果もあって、初枝はキーボードで文章を打つことができるようになっていた。


「篠宮先生、これでよろしいですか……?」


 初枝は『おはようございます』という大きな平仮名が映った画面を見ながら尋ねる。


「はい、いい感じです、初枝さん。次はGoogle検索の方法を教えましょう!」と篠宮綴が微笑んで答えた。


 初枝は興味津々の表情で、先生の指示に従いながらGoogle検索の方法を学んでいった。


 そして、検索結果に現れる様々な画像や動画に初枝は驚き、同時に興奮していた。新しい世界が広がるような感覚に包まれながら、初枝はパソコンの魅力にどんどんと引き込まれていったのだった。


「パソコンって、すごいわ!」


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 パソコンの授業が終わると、初枝は篠宮綴と『先生』を交代する。齢八十歳にして新たな役割を果たすことになった初枝は、とても張り切っていた。


 篠宮綴は少し緊張した表情で、初枝に向かって言った。


「初枝先生、今度は私が生徒で、あなたが先生ですね。私、本当に文字を書くことが苦手で……」


「大丈夫。篠宮しのみや先生……いえ、つづりさんが教えてくださっているように、初歩的なことから、ゆっくり始めますからね」


 初枝は優しく微笑みながら、篠宮綴の手を取り、正しい文字の書き方を教え始めた。篠宮綴は最初は戸惑いながらも、初枝の指導に従って少しずつ美しい文字を書く技術を身につけていった。


「綴さん、書き方、だんだん上手になってきましたね!」と初枝が励ましながら言った。


 篠宮綴は初枝の言葉に後押しされ、はにかんだ笑顔を浮かべた。彼女は、ゆっくりと自信を取り戻していく。

 初枝の優しさと指導によって、篠宮綴は少しずつ文字を書くことに対するコンプレックスを克服し、上達していくのだった。


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 やがて、夕方のパソコン教室の窓から差し込む柔らかな光が、篠宮綴の机に落ちてきた。

 

 彼女は、小さな手に鉛筆を持ち、真剣な表情で文字を書いていた。しかし、その文字はまるで乱暴な波のように乱れてしまい、彼女の苦悩がにじみ出ているようだった。


(どうしてこんなに歪んでしまうんだろう……?)


 篠宮綴は、泣きそうな気持ちで自分の字を眺めていた。


 すると、初枝が、優しく微笑みかけてくれた。そして、ゆっくりとした動きで、篠宮綴の肩に触れた。

 

「綴さんは、肩にすごく力が入っています。ゆっくりと、肩の力を抜いて、筆圧も少し緩めて、優しく書いてみてください」

 

 初枝の手は、優しくも力強く篠宮綴の手に添えられた。篠宮綴は、初枝に導かれて、文字を書く。


 篠宮綴の握った鉛筆は、さらさらと動き、紙に文字を書く。初枝の力添えのおかげで、今まで見たこともないほどに美しい、『篠宮綴』という硬筆の文字が生まれいでる。

 篠宮綴は、その美しい筆跡を見て、指でなぞり、呆然とした。


「……本当に、これ、わたしの握ってる鉛筆で、書けたんですか?」


 篠宮綴が震える声でそう尋ねると、初枝は「はい」と言い、大きく大きく頷いてくれた。

 

 篠宮綴は、本当に自分の手でも美しい文字を生み出せることを知り、胸がいっぱいになった。



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