第6話 インターネットの中の貴方へ

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 初枝は、パソコン教室のドアを開ける。


「おはようございます、篠宮先生」

「おはようございます、初枝さん」


 二ヶ月前にこの篠宮パソコン教室に通い始めてから、彼女はパソコンの基本操作を一通り覚え、自信を持ってキーボードを打つことができるようになっていた。


 しかし、それはただの手段に過ぎず、彼女の真の目的は別にあった。


 亡き夫、いさおの遺した小説を読むこと。それが初枝がこの教室に通う真の理由だった。


 彼女は功の遺作を見て、その文字を読むことで、彼との絆を感じたいと願っていた。そして今日こそ、その小説に向き合う日がやってきたのだ。


「いよいよですね、初枝さん」

「はい、篠宮先生」


 二人は顔を見合わせて、戦友のようなアイコンタクトをとった。初枝は、今日のパソコン教室の授業が終わったら、篠宮綴を自宅に招く約束をしている。


 年の離れた親友、篠宮綴と一緒に、功の作品を読むためだ。


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 初枝は、緊張した面持ちで、亡き夫のパソコンを立ち上げる。篠宮パソコン教室にあるパソコンとは型式もメーカーも違うが、基本操作やボタンの意味を覚えた初枝は、問題なく起動することができた。


 彼女の心は、亡き夫功の言葉が刻まれた小説投稿サイトに向かって高鳴っている。


 初枝の家にやってきた篠宮綴は、初枝と共に功の小説を読む時間を待ち侘びて、心臓の鼓動が早まるのを感じた。


 初枝は、マウスを握りしめ、功が遺した小説投稿サイトのブックマークをクリックする。


 ──カチッ。


 静かな部屋に、クリック音が響いた。

 功の遺したパソコンの画面に功の小説が映し出された。初枝と篠宮綴は、緊張と期待を抱きつつ、静かな雰囲気の中、小説の世界に没入していった。


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 昭和初期の或る田舎町に、美しい桜の花が咲く季節が訪れた。その町に住む女学生・春江はるえは、清楚な振る舞いと優雅な笑顔で町の人々から愛されていた。

 一方、貧しい家に生まれた青年・いさむは、町の端にある小さな家で、母親と共に貧しい暮らしをしていた。

 彼らの運命は、まるで対照的な世界からやってきたようであったが、運命は時に意外な出会いをもたらすものである。

 その日、春江は女学校の制服を身に纏い、美しい桜の下を歩いていた。風が吹く中、彼女の手からは上品なハンカチーフが舞い落ちた。一方、勇は母親のために水を汲む途中、偶然そのハンカチーフを見つけた。

 彼はその美しい刺繍に目を奪われ、やわらかな布を手に取った。その瞬間、彼の運命は大きく変わることを知る由もなかった。

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 文字が流れるように、初枝と篠宮綴の眼に届く。読み進める中、初枝は功の言葉に触れるたびに、彼との思い出が鮮やかに蘇ってくるような感覚を覚えた。


 篠宮綴もまた、小説の世界に引き込まれながら、功の才能と人間性を改めて感じていた。


 二人は小説の世界に時間を忘れる。

 功の遺作を通じて亡き彼との絆を感じながら、静かにその世界に浸っていった。


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 初枝は、パソコンの画面を見つめながら、功の小説の文字に涙が滲んでいた。


 その小説は、初枝と功の出会いや、親の反対、駆け落ち、結婚生活、二人の幸せな日常をモデルにしていた。一つ一つの描写から、初枝は功の面影を感じ取り、その思い出の欠片に心を打たれる。


「……功さん。功さん」

 

 初枝は小さな声で呟きながら、涙をこぼした。


 功の遺した文字の中には、若き日の、結婚したばかりの日の、些細な喧嘩をした日の、仲直りした日の、いさおの優しさや笑顔、二人の共有した幸せな瞬間が確かに息づいている。


 初枝は彼の遺した言葉を読むたびに、功との思い出が鮮明に蘇り、心を打たれるような感情に襲われた。

 初枝は、パソコンの画面に手を当てて、誰より愛しい人の名前を呼んだ。

 

「功さん……!」

 

 初枝は、パソコンの画面に縋って、滂沱の涙を流した。そんな初枝の背中を、篠宮綴は抱きしめて、さすってあげていた。


 功の返事が返ってくることは無かった。

 しかし、功の遺した作品がある限り、彼の言葉は在り続ける。


 嶋本功しまもといさおの書いた文章が。

 インターネットの中に、生きている。


 初枝は、パソコンの画面に額をつけて、パソコンごと、『あいするひと』を抱きしめる。そうして、ずっと、声が嗄れるまで、功の名を呼び続けた。


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