ep.18 郷に入っては郷に従え
その頃。
保護対象がイシュタのみなので、単独行動が許されているのだろう騒ぎを聞いて駆けつけてきたサリバが、先の巨大タコによる暴走を目にし、顔を青ざめた。
「いったい、何が起こっているの…!?」
現場は騒然。
遠くではシアンがボロボロになりながら戦っているものの、タコの勢いは衰える事を知らない。
「あのゴブリンの男の子は無事なのか!?」
「さぁ!? でもあの感じ、確実に飲まれているわよね!? それとも、まさかあの男の子が暴走した姿…?」
「ばか、縁起でもない事をいうな! でも… もしそうなら、あの女王陛下が黙ってはいないだろう! クソ、災難だ!」
と、民家から避難してきたであろう一組のハーフリング夫婦が、そういいながら走って逃げていく姿が見えた。
その事を耳にしたサリバが、再度タコを見てこう呟く。
「あの暗黒城の長が、苦戦している… ここは、イバラも壊せる力で抑えるしか!」
タコが出現した原因は何なのか、誰にも分からない。
恐らく、それを予知能力で見たであろうジョンも頭を強く打ち、気を失っているのだ。このままでは
サリバは両手拳を固く握った。
「ぐぬぬぬぬ…!」
サリバの全身から、徐々にもやもやとした黄色いオーラが放出されていく。
そして数秒後――
ゴゴゴゴゴゴゴ…!!!
サリバの全身が、みるみるうちに巨大化した。
かの暗黒城攻略以来、2回目となる体長40m級の覚醒。
そんなデ… 巨人化した彼女は、ゆっくり地響きを鳴らしながらタコの元へと向かった。
――――――――――
ガシャーン!!
「くっ…!」
シアンが鉄くずの脅威に晒され、弾き飛ばされる。
それでも諦める事なく、タコの周囲を氷とイバラで囲み、民家への被害を抑えていた。
衣服はかまいたちの如く切られ、結んでいた長髪も解けるほど。
現状、最強格である魔王クラスでこれでは、海岸が…
ジャリジャリジャリ、バーン!!
その時だった。シアンの目の前を、数m級の巨大な手が横切った。
その手が、大量の鉄くずや鉱石を、大きな音を立ててどけているのだ。その人こそ、覚醒した巨人サリバであった。
「!」
シアンは息を呑んだ。だけど、助太刀が入ってもイバラの発動をやめない。
シアンは意を決し、サリバに静止を任せる形で、住民の安全確保に向かったのであった。
ザクザク、プシューン!
『ううう…!』
巨大化したゆえ、サリバの野太い声が、大きく響き渡る。
だが今までとは、明らかに声色が違う。彼女の表情は… 眉間に皺を寄せている。
みると、先の鉄くずをどけたサリバの手に、傷が出来ているではないか!
サリバが、痛がっている。飛んできたものが、彼女に当たっているのだ。
だけど、このまま逃げるわけにはいかないのだろう。サリバは痛そうながらも気を取り直し、怒った表情で今度は両腕をタコへと伸ばした!
バリバリバリ! バシャーン、ガラガラガラガラ…!!
両手の平で、タコの体を押さえ付けるサリバ。
湧き出てくる無数の鉄くずや鉱石が、容赦なく彼女の手の平、指、上腕を傷つけていく。至る所から出血が起こった。
それでも、彼女は決して諦めなかった。タコの勢力が、次第に衰えていった…!
『おおおおおおお!!』
ジャリジャリジャリ…! シュー…
ケガだらけの手に包まれたタコの暴走が、遂にストップした。
周囲の鉄くずが、そのまま地面に転がり落ちる。タコが
「アニリン!」
マリアが叫んだ通り、アニリンが倒れていた。
が、アニリンは気を失っており、全身煤だらけになっている。
そしてサリバも…
しゅんしゅん、しゅん。
と、徐々に体が小さくなっていき、元に戻っていった。
その時、サリバはうつぶせに倒れており、縮小してもなお両手を前に伸ばしたまま、涙目で前に倒れているアニリンを庇っている様に見える。
サリバは震えた声でいった。
「ズッ… やっと、やっと収まった… うぅぅ」
サリバの手は、巨人時に受けた傷がそのまま反映されている。
つまり、上腕までの何処を負傷したのか分からないほど、血まみれになっているのだ。指先は酷く震えており、一部は爪が剥がれ、血が滴っている。
そんな大ケガを負ってでも、サリバはタコを抑え、暴走を食い止めてくれたのだ。
タッタッタッタ…!
「みんな!」
「遅くなった! 嗚呼、なんて酷い…!」
場が静まり、漸くアゲハ達が駆けつけてきた。
彼女の他に、マニー、マイキ、ヘルそして若葉が医療キットを持ち運んでいる。彼らはこの辺りの惨劇を前に、首を横に振った。
「うぅぅ… うえぇぇん! 痛い! 痛いよぅぅ!!」
サリバがヘルの到着を引き金に、うつ伏せのまま泣き出した。
血まみれになった両手を少し動かすだけでも、激痛が走るのだろう。起き上がれないのも無理はない。ヘルが、若葉とその近くにいる人たちに鬼の形相で指示を送った。
「若葉、キットを全開だ! 止血剤投与! 出血がひどい…! 誰か、布切れをもってきてくれ!! アニリンにも一式! 早く!!」
なんて、その場での緊急手当てに追われ、ヘル達は大忙しである。
タコの暴走は収まった。
だが、生み出されてきた鉄くずや鉱石はそのまま、海の家をはじめ近辺に大きな爪痕を残したのだ。決して喜べる状況ではない。
「これだけの被害がでて、あの子の周りだけキレイに空間ができているって、おかしいでしょう!? こっちは本気で死ぬかと思ったのよ!?」
「そうだ! 思えばあの空での騒ぎも、今回の災いも、あの少年が来てから全て起こっている! もしも家族に何かあったら、どう責任を取るつもりだ!?」
と、現場にいる先住民達からはクレームが殺到。
その状況を見て、アゲハは国の君主さながら、無視できない問題だと判断したようだ。
こうして彼女が向かった先は、倒れているアニリンに息がある事を確認し、悲しくも安堵しているマリアであった。
「マリア」
「っ…」
名を呼ばれたマリアが、気まずい表情で耳を傾ける。アゲハの言葉は続いた。
「私も人の子だ。出来る事なら、その子の素性を疑いたくはない。だが、何事にも『限度』というものがある。そして、子を保護する者には、相応の責任が伴う」
「…」
「『郷に入っては郷に従え』。
今後も、同じ様に人々の生活が脅かされる可能性がある。その原因が分からない以上、医療知識を持つあんたがするべき事は… 分かっているな?」
それが、マリアに課せられた女王からの“通告”であった。
気が付けば海の家もほぼ全壊。マリアとアニリンが安心して過ごせる家は、ここにはない。
人としては酷だが、君主としては致し方ない判断なのだろう、アゲハの視線からは悲壮の念が浮かび上がっているように見えた。
マリアの元に、若葉が、サリバに施されているのと同じ医療キットが手渡される。
アニリンは今も気を失っているが、幸いなことにサリバほど負傷してはいない。そのキットと、マリアの知識があれば、すぐに治療できるだろう。
マリアは無言でキットを受け取り、次に眠っているアニリンをおんぶする形で、その場から立ちあがった。
そして最後にどう行動に移すか… それを察した住民達も、睨みながらだが、マリアの行く末を静かに見送ったのだ。
僕はこれが何を意味しているのか分かった。
だけど今、マリアにかけてあげられる言葉が見つからない。
なぜなら、アゲハのその通告に異議を申し立てる者が、誰もいないからだ。悲しかった。
【クリスタルの魂を全解放まで、残り 8 個】
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