ep.19 世界一受けたくない追放リハーサル

「!!」


 テラの視界が、鮮明になった。

 鋼鉄化の魔法が切れ、身体が元の生身に戻ったのだ。先の鉄くずの飛来が強力だったゆえ、首元にほんの掠り傷程度だが、ほぼダメージなく済んだのだ。


「ひどい」


 テラが見渡すと、ここはまるで被災地のよう。

 海の家はもちろん、近辺民家一部はメチャクチャに破壊され、レンガ道があった所では地盤沈下による液状化が発生している。瓦礫ガレキも、波辺の至る所に転がり落ちていた。


 ちなみに深手を負ったサリバは、既にヘルと若葉の手により、医療施設へ搬送されている。



「セリナ。あのあと、アニリンたちは?」


 テラが僕を見つけ、鋼鉄化している間に何があったのかを訊いてきた。

 ここは、近くに一般の先住民がいない事を確認し、かくかくしかじかと説明した。




「そんな。『追放』?」

「うん。国民の安全確保のため、だと思う。おかげで住民達の怒りはある程度収まったけど、今も医療現場は逼迫ひっぱくしていて、避難所の確保や非常食の調達も難航しているみたい」

「そこまで大変なことが…」

「非常食なら、既に別の場所で蓄えているんだが?」


 と、ここでシアンが僕達の元へ歩いてきた。

 今のシアンは衣服がボロボロだが、大きなケガはなく、機敏に動けるようだ。僕は「どういうこと?」と訊く。

「なんだ、アゲハ達からきいてないのか? 戦争、災害、テロ。この国はいつ、そういった緊急事態に陥るか分からない。だから敵に制圧されないよう、王都から離れた場所に食料栽培所、ならびに災害備蓄用品の貯蔵庫を備える必要がある。そのための準備を進めていたんだよ。表向きは『バーの設営』としてな」

「そうだったの? …あ! もしかしてシアンが言っていた『新事業』って、そういう!?」


 僕は察した。

 前に、シアンがあの暗黒城を復元させてからの何か「新事業」をはじめるとか言っていたが、具体的に何を始めるのか、よく分からないでいた。

 でも、今の状況をみれば概ね理解できる。正に備えあれば憂いなし。暗黒城の長は賢い!


「にしても、この鉄くずの山… あの子のいた所から暴発したのって、もしかして」


 テラのその質問通り、話は本題へとさしかかる。

 僕も正直、考えたくはないがそんな気がしている・・・・・・・・・のだ。シアンは溜め息交じりにこういう。


「あぁ。マゼンタの力だ。サンドラの変換魔法をこのガラクタどもに浴びせ、花ではなく、砂金とダイヤモンドに置き換われば確定ってこと。まったくだぜ」




 認めたくない答えだ。僕とテラはともに肩を落とした。


 つまり、アニリンが極限まで追い込まれた事でマゼンタの力が暴発し、今回のような事態が発生してしまったのではないかと。

 でもそうなると1つ、大きな矛盾点がある。


「あの子は、マゼンタのチャームを持っていないんだよ? もしかしたらその場で、たまたまマゼンタの暴走に巻き込まれただけかもしれないのに?」


「うぅ… ん」



 ん? 今の声は、ジョナサンか。


 僕達は揃って声がした方を向いた。

 安全確保のため移動した草原の一角、マニー達が手当をしている下、気絶していたジョンが漸く目を覚ましたのだ。だが、だいぶ頭がズキズキしているようで。

「は! おい、マリアは…!! だ、いてててて!」

「まて、無理に起きようとするな。マリア達の件なら、アゲハが既に何とかしている。今は自愛を優先しろ」

 と、マイキに制止される始末。

 とにかく、目が覚めたばかりの状態で当時の様子を聞くのは、今は控えた方がいいか。




 ――――――――――




 その頃。

 住民がとうに避難したボロボロの民家の前で、ローズがアゲハに声をかけた。


「あの追放命令… 2人で事前に話し合って決めた、『演技』なのでしょう?」


 数秒間の沈黙が生まれる。

 すると、経路確保のため瓦礫をどかしていたアゲハがその手を止め、重い口を開いた。


「あれは――」




 それは先日、イシュタがマゼンタと会っている事が判明した日のこと。

 一人外に出向いていたアゲハが、マリアと「女2人」の約束を交わしたあの日だ。



「その一軒家に?」


「うん。もしも敵がアニリンを探していたり、敵にベルスカの件で勘づかれるような事態が起こった時のために、内緒で空きを取っておく事にしたんだ。人けのない最適な場所は今のところ、食虫植物の脅威を潜らなくては進めない“その先”だけだからね。この事は、後でマニーたちにも言うつもりだよ」


「そうか。でも、それだけの重要機密なら、万一その時が来た時のためにこう、合言葉を設けた方が良いんじゃないかな? たとえば私達仲間だけに通用することわざ、とか」


「そうだね。なら、こうしよう。

『ローマにありてはローマ人の如く生き、その他にありてはの者の如く生きよ』。我々の元きた世界に実在する成句であり、かの諺と同定義だ。その後は、こちらで必要な物資を定期的に送るとする。とはいえ、そんな非情な命令を下さなくて済む事を、切に願うよ」


「…」




「なるほど。それで『郷に入っては郷に従え』、なのですね」


 ローズのその言葉を前に、アゲハが口をつぐんだ。

 つまりマリアとアニリンは単に追放といっても、その隠居先はかの雪原にポツンと建っていた一軒家。あそこに誰も住んでいない事がアゲハの下見で判明しているので、今回のような非常時に備え、国民には家の存在を公表していないのだ。

 ローズがそれに気づいたのは、彼のチャームが落ちていた場所が正にその雪原だからか。


 と、そこへ…


「あ!? オイオイ、豪いことになってんじゃねぇかよここ! しかもあのガラクタの山、砂漠でも同じような光景を見たぞ俺!?」


 ヤスだ。サキュバスの新アジト探しでもしていたのか、砂漠での偵察からの帰りなのだろう、世紀末のような今の海岸沿いを前に腰が引けている様子である。

 アゲハが気を取り直し、再び瓦礫をどかす作業に移った。


「作業をしながらでも説明するよ。長旅からの帰りで疲れているところ悪いけど、これらをどける作業を手伝ってほしいんだ。あまり目立った場所に証拠品らを置いたままだと、フェデュートがいつここを攻めてくるか分からない。

 人の手で持ち上がらなそうな重い物体は細かく切断するから、その時は彼に」


 そういって、アゲハが振り向いた先はローズ。

 彼は依然として元気であり、自慢げに両手指の鋭利なかぎ爪を見せる。その爪と、彼の持ち前の物理攻撃力さえあれば大体の金属や鉱石はスパッと切れるので、あとは運ぶ人手が欲しいところであった。




 ――――――――――




「僅か数日の間に、これだけ大きなトラブルが立て続けに起きたんだ。確証はないけど… きっと俺たちはもう、気がつかない内にベルベット・スカーレットの鍵を握っているのかもしれないな。

 とにかく、今はキャミ達の様子も知りたい。イシュタの夢を見ないぶんには何とも」


 マニーが一通り住民の避難を済ませたところで、神妙な面持ちで僕達にこう告げた。

 僕がその言葉に頷いた序で、ふと、シアンがいる方向へと目を向ける。


 彼は今、海の地平線に浮かぶ空中都市を見つめるように、1人静かに立ち止まっていた。

 まるで、「昔」の事を思い出すかのように。



 ――チアノーゼが恐れていたであろう「脅威」… 今なら、その存在を信じてもいいような気がする。

 まったく。あいつが生前、あのタコを前に怯えていた姿が、安易に想像できるぜ。


 と。


(つづく)

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