裏切りの剣
王国騎士団〈鋼鉄の鷲〉は、敵の奇襲に備えて盾を前方に構えた防御の陣形のまま、薄暗い神殿の奥へと微塵の隙も見せずに突き進む。
先頭を行くベン・ロイドは、面頬を通して風のにおいを嗅いだ。どこか外へ通ずる場所があるのだろう、視界も徐々に明るくなっていく。
やがて、祭壇がある大広間へと出る。天井は見るも無残にすっかり朽ち果て、すべてがきれいに崩れ落ちていた。灰色の雲の切れ間からこぼれる太陽の光が、進軍する騎士たちの甲冑と身構えられた盾をあざやかに照らしだした頃、真向いの壁近くに設置された祭壇の上に、ひとりの人物を見つける。
それは、縛られて横たわるマグヌス王だった。
マグヌス王は、王国騎士団の気配でも感じたのか、ちょうど目を覚ました。
「うっ……うーん…………むむ? ここは……どこぞよ? いったい全体、どこぞよ?」
「陛下! 御無事ですかぁぁぁぁぁぁッ!?」
ベンの叫び声にマグヌス王は瞬時にあの夜の出来事を思い出し、生傷が痛々しい顔を大広間の中央へと向ける。だが、言葉を発するよりも先に、黒衣をまとうソンドレの背中が、ふたりのあいだに立ち塞がってしまう。
「おまえは……! 我らは王国騎士団〈鋼鉄の鷲〉である! 忌々しい〈異形の民〉の大神官ソンドレよ、最早おまえに逃げ場はない! 潔く陛下を解放してもらおう!」
ベンがそう叫んだ直後、防御の陣形を攻めの陣形へと変えるべく、手練れの騎士たちが各自の持ち場をめざして動きだす。と、
──ブスリ。
ベンの腰に冷たくて鋭利な感触が侵入したかと思えば、それを一気に引っこ抜かれ、遅れてやってきた鈍痛に身体の自由を奪われてしまう。
なにか生暖かいものが傷口から広がるのを感じながら、意識がわずかに揺らぐ。不覚にも、うしろへ一歩、退いてしまった。
「……うぬっ、ぐぬぬ」
不本意ながら片膝を着いたベンは、剣を落とすまいと強く握りしめながら振り返る。
そこには、仲間であるはずの騎士団員が血ぬられた剣を構えて静かに佇んでいた。
ベンが
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ! 哀れなり、王国騎士団! 無様よのう! ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」
「ぞよー!?」
大声で笑うソンドレ。
まさかの出来事に絶叫する国王。
まさかの裏切り行為に絶句するベン。
「フッ、やれやれ……これでまた新しい団員を育成しなくてはならないな。いや、そんな面倒なことよりは、屈強な流れ者の傭兵を大勢雇い入れるとしよう」
我らの騎士団長が──オルテガが、冷淡な眼差しを団員たちの
腰から流れ出す血を片手で押さえながら、ベンは自分の耳を疑った。
「お……おい……オルテガ……おまえ、正気なのか?」
「ああ、これはすまんな。我が右腕の貴様にも教えてやらないとな」
オルテガは剣帯から立派な
「〈鋼鉄の鷲〉は大神官ソンドレを討伐するも、その戦いは激しく、次々と仲間を失ってしまったのだ。勇敢な貴様と無能なマグヌス王……そして……騎士団気取りのシャーロット王女の命も、な」
冷淡な笑顔でそう言い終えた直後、オルテガは曇天の空に剣を突き上げる。すると、遠巻きで見ていたソンドレが漆黒のローブを脱いで剣先めがけて投げつけた。
見事に突き刺さった黒い塊は、ゆっくりと揺れ動きながら沈んでいった。
マグヌス王は、目の前で次々と繰り広げられる信じられない出来事の数々に混乱することなく、冷静さを保つことにつとめた。囚われの身の現在、正気まで失えば相手の思う壺。悔しいが今はまだ、様子をうかがうことしかできない。耐えるしかないのだ。
「オルテガよ、いったい全体どうしてこのような愚行を……」
「愚行だと? ふむ……冥土の土産に、幼稚な頭と身体を持つおまえにもわかるよう説明してやってもよいか。いいよな、ソンドレ」
「ケヒャ! 好きにすればいい」
オルテガは、まるで舞台役者のようにじっくりと時間をかけて周囲を見まわす。
立ち尽くし次の指示を待つ仲間の騎士たち、片膝を着くベン・ロイド、そして、祭壇上のマグヌス王とその傍らに立つソンドレ。その場の誰もが、裏切り者の王国騎士団長・オルテガに注目していた。発せられる言葉の続きを待っていた。
「おれはなぁ、マグヌス王よ。ソンドレと同じく、神の選抜民である〈マータルスの民〉の末裔なのさ」
「ぞ、ぞよ?!」
「なんだって!?」
「おれたちの親も、家族も、同族たちも、貴様らリディアス国民に蔑まれ、罵られ、辱めを受けて死んでいったッッッ! そうだ、これは復讐なんだよ! 長年の……積年の恨みを晴らすための、聖戦なんだよッ!」
オルテガが、よりいっそう眼光をぎらつかせてマグヌス王を睨む。
「それをッ! おまえは愚行と言う! 違う、違うぞマグヌス! これはなぁ、リディアス全国民と王族を断罪するための、我らが神バルカインの名のもとに行われる聖なる裁きなのだぁッッッ!!」
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