第八話 〈万物を喰らう者《ラスト・イーター》〉

 自分にもっと力があったなら。

 そんな言葉が頭を巡る。


 結局、最後の最後までなにもできずに死んでしまった。アドルは自分の人生を悔いた。仲間を守れず、誰も守れず、ただ逃げて終わった自分の人生を……


(広い世界が見たかった)


 ヴァンスと酒を飲み交わしたかった。

 フィルメンと色んな土地の歴史を見て回りたかった。

 セレナと世界中のオシャレな服を着たかった。

 そして、ルースと恋人になりたかった。


 終わってから気づく、自分の願い……その全てを。

 アドルは瞳から涙がこぼれるのを感じた。涙がこぼれるのを感じて、違和感を覚えた。死人が、涙を流すわけがない。


 アドルはゆっくりと瞳を開く。


「おはよう、アドル」

「ルース?」


 アドルは白銀のドームの中で眠っていた。

 そこら中の壁が全て鏡のように光を反射する。眩しい空間、そこに居るのはたった二人だけだった。


「ここは……? ルース、お前は平気なのか?」

「えっとぉ……平気に見える?」


――ルースの右肩から先は無くなっていた。


 それだけじゃない、左脚も焼失し、首元は焼け焦げている。じきに命を落とすことは明白だった。


「そんな……どうして、どうしてオレだけ五体満足なんだ!!?」


 アドルは周囲を見渡し、白銀の壁に繭のように張り付いた塊を見る。

 その塊を目を凝らしてみると、よく知っている女性の顔が浮かび上がってきた。


「セレナが自分の全魔力を費やして、わたしたちを壁で囲ったの。

 でも、それでも少し間に合わなかったから……」

「オレを、お前の体で包んだのか?」


 ルースがアドルの胸に倒れこむ。

 アドルはルースを抱え、力無く涙を流した。


 ぽたぽたと流れた涙はルースの血に溶け、紅く濁っていく。


「無駄なことしたな、お前もセレナも。

 オレを生かしたところで、ここから生還するのは不可能だ。

 ははっ……馬鹿だな、どいつもこいつも……」


 ルースがアドルの頬を伝う涙を左手でふき取る。


「諦めないで……アドル。貴方は、わたしたちは……まだ負けていないよ」

「ルース……」

「わたし、アドルの適合する魔物、実は心当たりあるんだ。覚えてる? 多くの魔物の力を使った〈魔物喰いイビルイーター〉の話……」


――“ある日、魔物の群れが〈ルオゥグ村〉を襲ったの。多くの〈魔物喰いイビルイーター〉が魔物に喰われ、村は滅亡の危機に瀕した。その時、彼は〈魔物喰いイビルイーター〉の力に突然目覚めた。鳥の羽と竜の羽を持ち、あらゆる妖魔の力を結集させた力で彼は魔物たちを滅ぼした。彼は村民に英雄として讃えられ、そして〈万物を喰らう者ラスト・イーター〉と呼ばれるようになった”。


「一つの仮説、もしも〈魔物喰いイビルイーター〉が魔物だと仮定すると……〈万物を喰らう者ラスト・イーター〉の謎は解ける」

「まさか……」


 アドルは思考を回転させる。

 魔物を喰らい、能力を得るのが〈魔物喰いイビルイーター〉。

 もしも、〈魔物喰いイビルイーター〉を魔物とするなら、


「〈魔物喰いイビルイーター〉を喰らう〈魔物喰いイビルイーター〉が存在する……それこそが、〈万物を喰らう者ラスト・イーター〉だとわたしは思ってる。アドルが喰らっていない魔物、それはきっと――」

「――違う」


 アドルは首を横に振る。

 なぜならその仮説を認めてしまえば、自分達は人ではなくなってしまう。


 それだけは許容できない。

 同族を喰らわなければ強くなれない。

 そんな事実も認められない。


「違う……違う違う違う違う!!! オレたちは、人だ!」

「だよね……そうだよね……」


 ルースはポロポロと、涙を流した。

 顔は歪み、口元からは涎と血の混じった液体が垂れ流れる。


 恐怖に抗う少女の姿がそこにはあった。


「だって、こんなにも……

 死ぬのが、怖いのに、

 別れが辛いのに、

 あなたを――好きになれるのに、

 わたしたちが魔物なはずないよね?

 わたしたちは……人だよね?」


 ルースはアドルの顔を抱き寄せ、耳元で囁く。

 己の命を諦めた上で、人間としてのプライドを捨てる覚悟で、


 彼女は大切な人を守るために、言葉を捻り出す。




「アドル、お願い……わたしを、」




――“食べて”。


 


 そう言い残し、ルースは呼吸を止め、心臓を止め、アドルに倒れこんだ。

 アドルはルースを抱きしめる。鼓動は帰ってこなかった。


 一人白銀のドームに取り残されたアドルは絶望の淵で、あの男の顔を思い出した。


「サーウルス……!!!」


 憎しみがプライドを黒く塗りつぶす。

 人としてのプライド、それよりも大切なモノが今のアドルにはあった。

 アドルは愛した人の亡骸をジッと見つめ、そして――大きく口を開いた。


――“オレ達は人間だ”。

――“こんなにも、人を憎めるのだから”。



---



「なんて堅い殻……あたしの炎でも焼けないなんて――」


 オメスはセレナが作った白銀のシェルターを手の甲で叩き、頬を撫でた。


「生命を孕んだ魔力は別格ね」

「どうなさいますか、副団長」

「団長を待つわ。これ以上魔力使うと肌が荒れちゃうもの」


 腰に付けたポーチから化粧道具と手鏡を取り出し、オメスは近くの岩の上に足を組んで座ろうとした。


 しかし、


 ズン。

 と、白銀の壁の中で得体の知れない音が鳴った。

  オメスはただらなぬ雰囲気を感じ取り、高級品の化粧品をその場に投げ捨てた。


「なによ……この魔力は――」


 騎士団は目にする。

 白銀の繭より羽化した怪物を。

 それはセレナの創り出した剛鉄の壁を突き破り現れた。


 スライムのようにドロドロに解けた剛鉄を纏って……

 オメスは杖を構え、問う。


「どちら様?」


 現れたそれは、深い闇に落ちた瞳でこう返した。


「――〈万物を喰らう者ラスト・イーター〉」




 ――――――――――

【あとがき】

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何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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