第九話 “反撃の狼煙”



――口の中には鉄の味が広がっている。



 自分は今、酷く凄惨なおこないをした。にも関わらず、心は幸福に満ちていた。

 己が成長する高揚感、体に喰ったモノが溶け込んでいく感覚……


「ルース……セレナ……また一緒に冒険しよう」


 腹の中の誰かにそう言い残し、アドルは人差し指を上げた。

 アドルの指の動きに呼応するように白銀のスライムが地面より立ち上る。


「剛鉄のスライム……?

 アナタ、確か不適合者だったはずじゃ――」


 有無を言わせぬ剛鉄の速攻がオメスに迫る。


 オメスは杖を振り、炎の壁を作り正面の剛鉄を焼き尽くした。だがアドルの攻撃はこれで終わらない。

 地面から生え出る剛鉄の棘、空から降り注ぐ剛鉄の槍、スライムの柔軟さを得た剛鉄は無数の汎用性を得た。


 オメスは爆炎の檻を作り、身を四方八方の攻撃から守った。


「このアタシが防戦一方ッ!

 剛鉄は魔術に強い鉄、但し炎熱系の魔術にのみ弱い……もしもアタシが爆炎使いじゃなくて、もっと違う属性の魔術使いだったらもう死んでるわね……」


 スライムの持つ“軟化”の力によって剛鉄操士の操る“剛鉄”を柔らかくし、流動的に操る。

 柔らかくなった剛鉄を再び硬くすることも可能。変幻自在の最硬の刃、それこそが今のアドルの武器だった。


 ルースのスライムの力、セレナの剛鉄の力。

 合わされば無限の応用性を産むが、この二つの力には共通の弱点がある。


「――アナタがどうやってそれだけの力を得たのかはわからない。

 けれど、不運だったわね」


 物理攻撃を受け流せるスライムだが魔法攻撃は別。特に体液を蒸発させる炎熱系には弱い。

 スライムも剛鉄も、炎を前にしては灰になるのみ。


「スライムも剛鉄も、アタシの爆炎とは相性最悪。

 “爆炎の女王”と呼ばれたアタシに、アナタは絶対に勝てないわ」


 オメスの言う通りアドルに分が悪い。

 にもかかわらず、アドルは表情を無にしたまま淡々とオメスを見つめていた。


「爆炎? 違うな、お前の魔術、その根幹を成している要素は炎じゃない」


 アドルは頬に伝うヌメリとした液体をつまみ、指で擦る。


「油だろ?」


 油、火を煽る液体。


「作り出しているのはその杖か……」


 オメスの持つ杖の名は〈油源戦車ヴァナルガンド〉。その杖に魔力を込めれば魔力は油に変換され射出される。

 オメスはまず魔術で小さな炎の球を作り出し、そこから杖の油で火力を増強していたのだ。


「杖の力が無ければロクに火力も出せないとはな」

「魔物と違ってね、人は道具に頼らないと生きていけないのよ」


 オメスが杖で地面を鳴らすと巨大な火球がオメスの頭上に作り出された。

 その火球に杖からの油が継ぎ足され、膨らんでいく。


「直接炎を作るよりこのやり方の方が十倍以上効率が良いのよねぇ……結構大きくしちゃったけど、防げるかしら?」

「五分ってとこだな……」

「あら、その程度なの?」


 爆炎の隕石がアドルに降りかかる。

 アドルは両手を合わせ、地面から五重の障壁を作り出し隕石を受けるが――


「ちっ」


 爆音と共に黒煙が辺りを包み込む。

 十数秒の静寂、オメスは優雅な立ち姿で黒煙が晴れるのを待った。


 そして、黒煙の先で口元から血を垂らす少年を見て笑みをこぼす。


「あらあら、なにやらカッコつけて登場したからもっとやるかと思ったけど、全然ね」


 オメスは再び爆炎を作り出す。

 アドルは膝を付き、その爆炎を静かな瞳で眺めていた。


「これで詰みね……」


 オメスは爆炎を落とそうとして、アドルの足元にある……さっきまで無かったモノを見つけた。


――それは眼鏡の魔物喰らいの首なし焼死体……


 死体には噛み跡が付いている。


「あの死体、あそこまで損傷がひどかったかしら?

 あの噛み跡は……」


 アドルは口元の者の血を舐める。

 そのまま手を挙げ、風使いの友の動きを真似する。


「いいのか? その大きさで。

 それが全力か?」

「――なんですって」


「もっと大きくしてやるよ、その炎」


――“旋風付与ヴァトル・コンセダ―


 巻き起こる旋風がオメスの頭上の炎を大きくする。


「風!?

 この規模――風妖精シルフの旋風!!?」


 先ほど倒した眼鏡の少年の技。

 噛みつかれたような跡がある風妖精喰らいの姿。

 アドルの口に滴る血。


 オメスはここまで来てようやくアドルの本質を理解した。


「魔物を喰らってその魔物の能力を引き継ぐ魔物、それが“魔喰らい”

 ……まさかアナタは、“魔喰らい”を喰らう“魔喰らい”――」


 オメスは冷たい汗を垂らした。


「同族を、喰らったって言うの!?」


 旋風によって巨大化した炎が先ほどアドルを襲った炎の三倍の大きさに膨れ上がる。


「もおおおおおおおおおおおおおおっっ!

 やめなさい! このままじゃ私の制御範囲を超えちゃうわ!!!」

「馬鹿かお前。

 とっくにこの炎はオレのもんだ」


 それはもうすでに、オメスが操作できる規模を超えていた。

 アドルはセレナが遺した白銀のシェルターを分解し、自分の周囲を囲ませる。


「お前の言う通りだ。

 ルースの能力も、セレナの能力も、フィルメンの能力も、思い出経験も、全て……オレの中にある」

「やっぱり魔物は魔物ね。

 自分の仲間を喰うなんて、人のすることじゃないわ……」


 オメスは気づく、自分達がしてしまったことの過ちに。

 人として生きていた者を、人として生きようとしていた者を、彼らは変えてしまったのだ。


 同胞すら喰らう魔物バケモノに――


「ぐっ……!!?

 あ、アタシと団長のラブストーリーを――あなたなんかにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!???」


 オメスの制御から離れて成長する炎。

 オメスは炎の勢いに疑問を抱く。


「ど、どうして!? 風だけでこんなに大きくなるはずが――」


 チリ……と、銀色の破片が紅く溶けて炎に吸い込まれていく。


「鉄粉を――薪に……」

「――堕ちろ」


 鉄粉は熱を伝わせ、一気に燃え広がる。


「団長逃げて……!」


 巨大な炎の塊は、そのままオメスの頭上に降りて行った。

 同時にアドルはセレナの生命力を孕んだ剛鉄を身に纏い、そのさらに外側に爆風避けの風結界を設置した。


「これで詰みだ」


 紅い光が森林を包み込む。オメスは目の前の化物、その底知れなさを敬愛する師に重ね、灰となった。


 黒き煙が天を舞う。反撃の狼煙が上がった。





 ――――――――――

【あとがき】

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