第38話



話し声を遮るようにふすまの奥から声が聞こえてくる。


「お嬢様、邪継舘どのが帰って来られたでござりまする」


声とともに襖を開けて顔を覗かせる一人の少女。

整った顔立ちに鼻筋に横一文字の切り傷をつけた女性だった。

彼女の言葉にお嬢様は二つ返事で了承した。


「そうか、おい」


影明を睨みつけるお嬢様。

影明は頷くと彼女に向けて自己紹介を行う。


「あ…あぁ、俺の名前は、影明、宜しく頼む」


こぶしを畳につけて軽く頭を下げる。

自己紹介を受けたところで彼女は花を開かせるように目を見開いて両手を鳴らすように手を合わせた。


「んあっ、このお方が、影明殿でござるかっ」


彼女の笑顔はかわいらしかった。

子供のような童顔であることも関係しているのだろう。


「祇留祇は、かれの祇留祇しるしと申します、どーぞ、よしなにッ」


畳の上に座っている影明に向けて手を差し伸ばす。

恐る恐る影明は手を出すと彼女はその手を両手で握りしめた。


「あ…あぁ」


その動作も子供のようであり握手をする時の上下の動きが激しく天地を交互に行き来していた。


「じゃあ、影明、これから、散に詫びを入れて来い」


彼女は邪継舘散に筋を通せと言っている。


「話が終わったら、私の部屋に来い、分かったな?」


念を入れるように彼女の言葉が影明の心に突き刺さった。

彼女の執念にも似た瞳が影明を写し込んでいる。


「わ、分かりました」


凄みに負けた影明は萎縮しながら頭を下げた。

そんな影明の態度に面白そうに背中に乗っかる双子たち。


「いっしょー」

「わー」


影明にまたがり馬乗りになっている双子に彼女は止めに入る。


「わわ、ダメでござりますよ双子殿」


双子の片方を片手で持ち上げる。

もう片方も同じように持ち上げた。

子供とは言えども、軽々と持ち上げる姿はまるで肩についた埃をつまむような感覚だった。


「そうだ、テメェらは飴でも舐めてろ」


袖の中から薄い紙に包まれた飴玉を双子たちに渡す。

部屋の中からは騒々しい音で溢れていた。


「(騒々しいな…射累々家の部隊は)」


孤独だった頃とは違う。

あの時の寂しさを埋めるような心地よさを感じていた。

その中に彼女の姿がいなかった。


「(…邪継舘殿)」


安否を確かめるために影明は自らの部屋を後にする。

影明は暗い表情をしながら廊下を歩く。

全ては自分のせいで彼女を傷つけてしまったと考えていたからだ。


「(俺を庇い、深手を負った邪継舘殿…)」


自分の責任が重く方にのしかかっている気分だ。

どんな表情をして彼女に会えばいいのだろう。

影明はそんなことばかり考えていた。


「(俺が強ければ…此処まで彼女を怪我をさせる事が無かった)」


全ては何もかも弱かった自分が悪いことだ。

固い決意だと思い込んでいたことが水に濡れた和紙のように脆い甘い考えであったこと。

どれをとっても自分が悪いとしか考えられない。

だから影明はいつまでたっても自分を責めていた。

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