第30話
影明の提案に邪継舘散は狂言だと思った。
しかし、他に手立てなど無かった。
邪継舘散はその提案に乗る事に決めた。
「良いだろう」
影明は足を遅くする。
相手は悠長に接近していた。
遅く、鈍く、重く、強く。
悠然とした歩行は強者の余裕とも思えた。
闇の顎を侍らせる魑魅魍魎を前に、彼女は言う。
「どうせ、このままでは二人死ぬ身だ」
覚悟を決めた様子だった。
「多少酔った状態で戦った所で、死の運命は変えられん」
影明は完全に足を止める。
彼女の肩を抱く影明は、邪継舘散の方に顔を向ける。
「では…邪継舘殿」
真剣な目をしながら、彼女の隻眼を見た。
顔が近づくに連れて、邪継舘散は彼の顔に焦点を合わせた。
そして驚き様に声を荒げる。
「…まて、口吸いか?それで受け渡しをするのか!?」
生命力の注入。
これを、影明は唾液を以て彼女に交わそうとした。
急に口吸いをする事になり、いきなり狼狽をしてしまう。
「体液であればなんでも良いです、血の方が良いですか?」
影明は、筋肉と玖式流で留めて置いた筋肉の盛り上がりを解除しようとした。
血を流し込み、其処から吸収する様にするが、彼の怪我を見て彼女は首を左右に振る。
「いや…貴様は、腕を斬り落とされて、血を多量に出血しているだろう」
彼の怪我を思い出し、これ以上の出血は死に関わると思った。
だから、邪継舘散は先程影明が提案した事を受ける。
「先程の言葉、あれは私が悪かった…貴様がそれで良いのならば、その方法を取る」
影明は頷いた。
肉体に流れる生命力を咥内に集中する。
唇と唇が重なろうとした時、彼女は顔を離した。
「だが…勘違いするなよ、貴様を好き好んで唇を重ねるワケでは無い」
一つ断りを入れる。
それは影明も知り得ている事だ。
「百も承知です、では…邪継舘殿」
再び唇を近づける。
また、邪継舘散は接吻を止めようとした。
「…や、やはり待て、心の準備が」
だが、今回ばかりは待てない。
影明は、彼女に顔を近づけて口づけをする。
咥内に貯め込んだ生命力を、体液に浸透させて彼女の咥内へ流し込んだ。
「んっ…ちゅッ…んぐっ!?」
彼女の脳内には、これ以上無い程に幸福感に包まれた。
肉体の苦痛も精神の摩耗も全てが癒される程に甘く蕩けていく。
「(なが、がッ!?舌、入って、この、これッ)」
眼の前に光が煌びやかに散った。
酩酊を超える程の酔いが、神経を漬け込まれた感覚に陥る。
同時、影明は意識が揺らぐ。
「(俺の生命力を、ありったけを流し込む…この化物に勝つには、これしかないんだッ!!)」
自らの生命力を、命が途切れる寸前まで流し込む。
文字通りの命懸け、この接吻を終えた後に、どの様に転ぶかは、正に賭けであった。
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