第29話


影明は鏡刃を振るうと、魑魅魍魎に向けて玖式流『三界流転』を放つ。

飛び出した斬撃、彼の攻撃など魑魅魍魎には影の顎が彼女の代わりに受ける。

その瞬間を狙い、影明は邪継舘散の身体を掴んだ。

彼女の腕を自らの首に回して、彼女を担ぐ。


「…邪継舘殿、申し訳ない、折角、助けてくれた命、捨てる道を選びました」


申し訳ないと言う影明に対して、彼女は憤りを見せる。


「馬鹿か、貴様はッ、ようやく、私の悲願が叶おうとしていたのに…」


強者に甚振られ、全てを奪われる。

それが彼女の願いであった。

しかし、それは影明によって茶番と化してしまった。


「貴様が出て来たせいで、それが台無しでは無いかッ」


そう言いながら、逃げ出す影明に、彼女は足を引き摺りながら共に走り出す。


「まさか…更に生き恥を見せる事になると言うとはな」


影明に、自らの性癖を見られた様な気分だった。

そんな彼女に、影明は苦い笑みを浮かべて言う。


「…ご安心下さい、貴方を置いて逃げた、この俺も生き恥を晒しました」


影明は復讐の相手から尻尾を巻いて逃げた。

公にすれば、末代の恥になる程の大罪だと影明は思っている。

彼にそう言われて、成程、と邪継舘散は納得した。


「…そうか、言われてみればそうだな…く、ははッ」


互いに生き恥を晒した。

それはきっと、誰にも言えぬ共同の秘密となる。


「あぁ…みっともない姿を見せた、それで…戻って来た以上、何か考えがあるのか?まさか、無駄死にする為に戻って来たのか?」


逃げながら、影明は考える。

このまま、走り続けた所で手負いが二人。

何れは、魑魅魍魎に追いつかれてしまう、と。


「恐怖故に、我が身可愛さで逃げ出した…だから、まだ試して無い事があります」


影明が、邪継舘散の顔を見た。

その視線に勘付いた邪継舘散は、彼の考えている事を口にする。


「貴様の生命力か」


影明の生命力。

邪継舘散に摂取して貰い、強化を図ろうと考えている。


「はい、俺の生命力、貴方に与えようと思います」


だが、その話は無駄であると結論付けている。


「馬鹿め、そんな浅知恵で戻って来たと言うのか、前に貴様の生命力を吸ったが、あれは私には合わん、お嬢様には強化の一つとして数えられたが…」


その言葉を返す様に、影明は彼女に控えていた言葉を話す。


「邪継舘殿に与えた生命力、俺が漏らしたごく僅かの生命力です」


それを聞いて、彼女の表情は変わった。


「…なに?」


邪継舘散に襲われた時。

射累々天呼が体液を摂取した。

あの時は、気配操作による生命力の開放が難しかった為、影明は調整する事が出来なかった。

二度、三度続ける事で、ようやく、気配操作が出来る様になったのだ。

故に、邪継舘散が、影明の生命力を呑んだ時の濃度は…。


「俺が、射累々様に与えた生命力の何百分の一程度ですよ」


体感であるが、影明は言う。

決して、それは誇張では無かった。

あまりの数字に、彼女は呆然としている。


「…何百分の一、だと?大きく出たな貴様」


彼女の言葉に、影明は頷いた。


「しかし、事実ですので」


それ以外の事実など無かった。




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