第26話
異能領域から脱出した影明は息を切らしながら走っている。
魑魅魍魎によって荒れた野原は地面が硬かったり柔らかかったり隆起している。
そんな地面を走って移動するのは転倒する危険性もあった。
「(逃げている…俺は)」
そんな事は影明は考えていない。
影明が思っている事はただ一つ。
「(邪継舘殿を、見棄てて、一人)」
自分のために命を投げ出した彼女の事だ。
影明は自分が一人、逃げている事を恥じた。
「(あの人を置いて、俺は…)」
自分を責め立てようとする影明。
それを止めるように別の人格が影明を擁護した。
「(仕方が、無いだろう、だって)」
空は曇っていた。
まるで影明の心を映すかのように次第に地面に向けて冷たい雫が落ちてくる。
「(あそこで、誰かが食い止めねば、両者とも、死んでいたのだ)」
大きな雨が次第に影明に冷ややかな言葉を浴びせるかのように降り注ぐ。
影明は地面に足を引っ掛けた。
受け身を取らずにそのまま地面に向かって影明は転がる。
膝ついたまま立ち上がろうとした影明。
腕で地面を押し返して立ち上がろうとするが体の芯まで冷えているためかうまく腕が動かなかった。
「(…だから、何故、俺が死を選ばなかった)」
あの状況。
彼女ではなく影明がその場にとどまればよかったのではないのか。
現実では影明よりも彼女の方が価値が高い。
惜しまれる命は傍から見ても彼女の方だった。
影明はそんな彼女からお言葉に甘えて逃げてしまった。
それは戦略的撤退などではない。
「か、はッ」
影明は思わず息を爆発させるように笑い出した。
「はははッ!はーッはははッ!!」
結局のところ影明は自分の本質を理解した。
復讐に燃える高潔な存在とは正反対。
「我が身可愛さか!何の為に生きている、影明!!貴様は、死に損ないの屑だ、復讐など御託の良い言葉を並べて、自分の生きる道を選んだ気になっていたのか!!」
自分という存在に酔っているだけの愚か者。
これが笑わずにいられるはずがない。
引くほどに笑いながら影明の目からは涙が溢れていた。
「とんだお笑いだ、生き恥を晒した畜生以下の蟲がッ」
自分の存在を嘲笑いあとはもう何も残っていない。
復讐心が結局は自らを飾り立てるためだけの虚栄心である事を知ったのだ。
あとはもう影明には何も残っていない。
「は、ッぁ…あぁぁ…」
雨の音にかき消されながら影明はすすり泣く。
その音をたどるかのように影明は気配を察した。
雨の弾幕によって視界が悪いがそれでも影明の目には恐怖が写っていた。
「ひッ」
魑魅魍魎である。
それも大勢だ。
様々な種類の魑魅魍魎が影明に向かってきている。
「(も、魑魅魍魎ッ、まさか、他にも、居たのか)」
心の底では安堵があった。
それは自分が生きる事が確定していると言う安心感。
だが再び影明は地獄を見る事になる。
「くッ、来るな…来るなッ!!」
鏡刃を化け物たちに向ける。
この状況影明の精神相まってこのまま化け物に襲われて死ぬと影明は思った。
「(あぁ…影明、貴様は…何処までも、弱い…)」
数時間前までのあの時の余裕はもうなかった。
片腕を奪われ心身ともに傷ついた影明はついに刀を握りしめる手を緩める。
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