第24話

 


影明は恐怖を噛み締めながら彼女に対して初めて反論をする。


「な、何を、言ってるんだ…ッ」


影明の質問に対して彼女は影明の負傷していた傷を見た。


「貴様は重体だ、片手を失った状態で一体何が出来ると言う?」


片腕を失った状態では戦うことは難しい。

彼女はそれを見て影明に戦闘には不利だと言うのだった。


「お、俺は…ッ」


彼女の言葉に影明は見くびるなと言いたかった。

だけど影明は言葉を詰まらせる。

彼女の言葉に多少の安堵が混じっていた。


「…見れば気圧された様子だ、更に、貴様を戦場に立たせるワケには行かんな」


それは彼女なりの優しさだったのだろう。

彼女はまた重症であるのに影明を第一に逃そうと考えていた。


「はッ!しぃ…ふぅぅ…」


彼女は呼吸を整える。

自らの体に感じる痛みをゆっくりと順応していく。

片目を潰されて頭の奥から熱した鉄の棒を押し付けられたような激痛が次第に引いていった。

そして声色は普段通りの威圧的な言葉に変わっていった。


「早くしろ、貴様は邪魔なのだ、私の闘争に障る」


影明を邪魔であると一蹴する彼女。


「そ、それだと…邪継舘殿がッ」


それでも影明はこのまま彼女を見捨てることができなかった。

心はすでに魑魅魍魎によって負けている。

影明の言葉はただの強がりにしか聞こえなかった。

そんな影明の心を見抜いたのだろう。

彼女は一言で影明を嗜めた。


「戯け、貴様に心配される程、やわではない」


彼女は影明とは違う。

実力も心構えもだ。

どちらかが犠牲になるとすればそれは確実に時間稼ぎができる彼女しかいない。


「早く行け…でなければ、このままでは二人諸共、死に倒れだ」


彼女のセリフはとても重たかった。

どちらかが死ぬのか最善の道であると言っている。

最悪両方とも死んでしまうその道だけは潰しておきたかった。


「…ッ」


彼女の言葉の思いが次第にのしかかってくる。


「それでも、逃げる理由が必要だと言うのならば…」


彼女は影明の方に顔を向けた。

彼女の表情は少しだけ優しくなっていた。

それが今生の別れであるかのような顔つきだった。


「お嬢様に伝えて欲しい、…射累々家に拾われて、私は果報者でした、どうか…お元気で、…と、言った所か」


影明の耳には彼女の言葉が一言一句聞き漏らさず頭の中に入ってきた。


「早く行け、行ってくれ…お前が、お嬢様の片腕となれ」


影明の頭の中はぐちゃぐちゃだった。

彼女を助けたいと思う心今すぐこの場から逃げ出したいという思い正反対な思考が影明の心の内でせめぎあう。


「あ、うわ…あッ」


そして影明が選んだ道はその場から逃げるという行為だった。

異能領域の唯一の穴、其処から逃げ出した彼は現実世界へと帰還する。

全ての責任から逃れるように走り出す影明の後ろ姿を見て彼女はようやく安堵した。


「そうだ、行け…逃げろ、…この化物に喰われるのは、…私一人で十分だ」


視線を魑魅魍魎に向ける。

改めて彼女は敵と相対した。





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