第23話



影が影明の腕を食らっている。

静寂の空間の中咀嚼音だけが静かに響いていた。

影明はその音を聞きながら血を紡いでいる。


「あはっ」

犬のような血をした影と彼女は繋がっている様子で影明の腕を飲み干すと嬉しそうに笑っている。


「おいしいねぇ、おいしいねぇ」

自らの両手をほっぺたに触れて今にでも落ちてしまいそうだと言いたげな動きをしていた。

舌先で口元を舐め回す仕草と共に、彼女の体内に多大な妖力が分泌された。


「やくそく、まもってくれて、ありがと」

彼女は満面の笑みを浮かべている。

幼少期の頃影明と交わした約束を覚えてくれてありがとうと感謝の言葉を口にしていた。

無論影明はそんな約束などしたことはなかった。

全ては彼女の独善的な考えに他ならない。

それでも影明は言い返すことはできなかった。

彼女の圧倒的な迫力に威圧されてしまった。


「もっと、もぐもぐしてあげる」

彼女の白くて遅い指先が影明に向けられる。

彼女の真っ白な肌とは対照的な黒色の影が槍の矛先のように尖って影明に向けられた。

絶対的危機的な状況。

影明は恐怖に支配されてしまった。

それも仕方が無い事かも知れない。

影明の生命力を摂取した事により、魑魅魍魎の能力は倍以上に膨れ上がっている。

己の能力が逆に影明の首を絞める事となってしまったのだ。


「(殺される…此処で、俺は…死ぬッ)」

思わず膝をついてしまう。

体に力が入らなくなって動けない。


「(嫌だ、嫌だ、嫌だッ!死にたくない、死にたくッ)」

復讐のために生きてきたつもりだった。

だけど実際に対面したことによって影明は萎縮してしまった。

この化け物に食われてしまう。

影明がそう思った瞬間。

壁の奥からさんざめく雷鳴が轟いた。


「な、んだッ」

その音のする方に影明は顔を向けた。

暗闇の壁は穴を開けた粘土のように柔らかかった。

その穴の先から彼女が顔を覗かせている。


「はぁぁ…なんだ、貴様」

影明を見て彼女はつぶやいた。


「怪我を、しているのか…私と、同じだな」

片腕をなくした影明を見て彼女は自らの片目に指を向ける。

彼女の片目は潰れていて血が流れていた。


「や、邪継舘、どの…ッ!?」

影明は彼女の傷を心配した。


「此処を、抜ける為に…随分と無茶をした…何、心配するな」

彼女の登場によって影明は少しだけ安心感を覚えた。

化け物を殺すことができる実力を持っている彼女が来てくれたのならば状況は一変するだろうと思っていた。

だけど彼女の満身創痍な姿を見てその願いはたやすく崩れ去ってしまう。

彼女の傷に対して言及したところ彼女は苦しげな表情を見せることはなく笑う。


「逆にこれくらいが、興奮して仕方が無いと言うものだ」

影明の体を見た。

片腕がなくなっていることに気がつく。


「それよりも…貴様は重体のようだな…」

影明は首を左右に振った。


「俺、おれなんか…!?」

謙虚なことを言おうとするよりも早く彼女の三日月型の刃が暗闇の壁に向けて放たれる。

いかづちの衝撃によって異能領域に穴が開いた。


「影明…命令だ、この穴を通り、逃げろ」

彼女は穴が開いた異能領域に指を向けて影明に逃げろと言うのだった。


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