第16話

  

影明は一瞬にして血の気が引いた。

全ては不可抗力であるはずなのに自分が悪いと考え込んでしまう。


「(や、邪継舘殿の力が強過ぎて…体が引っ張られた…これは、故意では無い、事故だ)」


指先に沈み込む彼女の柔らかな胸。

戦闘する時はさらしが邪魔をするためになるべく体を締め付けないように緩めている。

だからか布越しで彼女の豊満な胸の感触を指先で味わってしまう。

唐突のことで一瞬彼女の反応が遅れた。

情報が後になって脳内に入り込んでいくとそこでようやく彼女は赤面するのだった。

表情を赤くしながら彼女は影明を睨みつける。


「き、貴様…私が、慰めてやったと思えば、この体たらく、か、身体だけは許しては無いわッ!」


恥ずかしさをごまかすように彼女は握りこぶしを固めた。

影明は一瞬で自分に何が起こるのか理解した。


「(ご、誤解だ、俺は、決してその様な真似は…ッ)」


影明は指鳴りを使おうとした。


「指鳴りを使おうとしてもダメだッ!全く貴様と言う奴はッ!!」


だがそれよりも早く彼女は拳を振り上げる。

その時点で影明は覚悟を決めるのだった。


「(くッ、拳一つでどうにか許されるか?!覚悟を決めなければッ)」


両目を瞑る。

次に迫る衝撃と痛みを耐えるために歯を食いしばった。

暗闇の中影明は数秒先に迫る拳骨を待ちわびる。


「…?」


しかし待てど暮らせど拳はやってこない。


「(あれ…拳が、来ない?)」


影明は恐る恐る片目を開く。

真剣な表情をした彼女の顔が視界に映り込んだ。


「…馬鹿話は終いだ、影明」


彼女の拳は掌となっていた。

影明に向けながらその姿は静止を促しているように見えた。


「(名前を呼ばれた、何時になく、真剣…?)」


彼女の表情を見て影明はそのように察する。

化け物の残骸のはるか先。

そこから何かが見えたのだろう。


「取り敢えず、貴様は避けろ」


彼女はそう口にするとともに影明を押した。

わけもわからず影明の体は後ろへと下がる。


「? ッ!?」


その瞬間影明と彼女を含めて全ての空間が黒く輝いた。


「(なんだ、空間が黒く、濁ったッ!!)」


周囲を見回す。

まるで星空の中に居るかのようだった。


「どうやら…今回の任務、その親玉らしい」


彼女の言葉に影明は前を向く。

体中に粘り付くような不穏な空気が漂っていた。

影明にとっては初めてのことであった。


「(ッ…なんだ、これ、魑魅魍魎の異能、かッ!?)」


影明の前には黒い影の狼が立ち尽くしていた。


「気を引き締めろ、既に、奴の異能領域と化したぞ」


彼女はそう言うと刀を構える。

影明も息をひそめて刀に手を伸ばした。


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