第8話
口の中にお茶を含んでいた影明は大きく喉を鳴らして茶を飲み込んだ。
影明が完全に飲み込んだ事を確認する射累々天呼は微笑みながらゆっくりと頷いた。
「さて…茶を飲んだ所で、早速話を始めましょう」
彼女がようやく本題に入ろうとした。
射累々天呼の言葉に、影明はようやく自分がなぜこの部屋に招かれたのかその理由が聞けると思った。
「(ようやくか…一体、話とは何だ?俺をこんな所に連れ込んで来て、それも気になる)」
彼女は影明に目を向ける。
その表情は真剣そのものだった。
「先ず、単刀直入に言いましょう…影明、貴方、私の部下になりなさい」
彼女の言葉に影明は驚いた。
彼女の言っている事が自分が思っている事の想定通りであるのならば射累々天呼は影明に自分の部隊へと入れと言っているのだ。
「!?」
これが驚かないわけがなかった。
「(部下って…武将級の射累々様に用意された専属部隊に入隊しろって事か?)」
射累々天呼の言葉を影明の後ろから聞いていた彼女は彼女の発言を肯定するように頷いている。
「名誉ある事だ、嬉しいと言え、貴様」
またもや影明に無理難題な事を言ってみせる邪継館散。
影明も内心ではそんな事はできないと思っていた。
「(言えるワケないだろ…いや、そんな事よりも)」
だがそれ以前に影明は聞きたい事があった。
それを彼女に伝えるべく指なりを使って音を発生させるのだが。
「…かちかち、…散、彼は一体、何と言っているの?」
射累々天呼の方はどうやら指なりによる音の単語を理解できていない様子だった。
だから自分の配下である彼女に影明がなんと言っているのか聞いていた。
音を聞いて彼女は影明が何を思っているのかを射累々天呼に向かって翻訳した。
「…どうやら、何故自分を選んだのか、疑問に思っている様子です」
なぜ自分が選ばれたのか理解できないと影明は思っていた。
理由が必要だと射累々天呼は思った。
だから射累々天呼は影明に教える事にした。
「あぁ、先ず、理由が必要と言う事ね、そう、だったら教えてあげる」
そうして射累々天呼は影明に彼を選んだ理由を口頭で述べて見せた。
「稀血、貴方の体質は他の稀血とは違う」
まず第一に射累々天呼は影明の体質を言ってみせた。
滅多にない珍しい体質。
それを理解できている人間はほとんどいない。
「通常の生命力よりも濃い、それが稀血、確かに魑魅魍魎は其れを好む」
影明は他の得意体質よりも上位に位置する異能に近しい能力を秘めていた。
それが射累々天呼のお眼鏡にかなったのだろう。
「けれど、貴方のそれは更に濃い生命力をしているの」影明の生命力をすすった彼女が言うのだからまず間違いはないだろう。
影明の生命力は化け物を宿す人間の力を向上させる事ができるのだ。
「それを呑めば、より強力な力を宿す程に、ね」
射累々天呼に言われて影明は改めて自分の体質について考える事にした。
「(俺の生命力が…魑魅魍魎を強化する?それは、当たり前の事じゃ無いのか?)」
自分の両手を見た。
それで自分の大切な事を理解できるとは思えないが。
それでも影明は思わず自分の手を抜いてしまった。
そんな影明の行動に対して射累々天呼は影明に告げる。
「疑問に思っているらしいけれど…本当の事なの」
彼女は手のひらを自分の胸に当てた。
自分こそが先ほど語った事の証明であると言いたげだった。
「保証は私がしてあげる、実際に、貴方に初めてを奪われた時に体験したもの」
彼女が恍惚とした表情を浮かべている。
彼女の素顔に対して反応を起こした人物がいた。
「ッ!!」
彼女である。
恨めしそうに影明を睨んでいた。
先ほどまで楽しく会話をしていたのだがそれどころとは別であるらしい。
「(邪継舘殿が俺を睨んでいる…だから、俺が奪ったワケじゃないのに…)」
影明は居心地が悪くなっていた。
すぐにでもその場から離れたかったがどうやらそれはかなわないらしい。
逃げようにも後ろには彼女がいる。
ある意味影明は囲まれているようなものだった。
「悪いけど、貴方に選択肢はないわ」
影明に対して彼女はそう言った。
まるで蛇の巣の中であるかのようだった。
座りながら彼女は影明に近づいていく。
それこそ蛇の動きであるかのように見えた。
「貴方の力が欲しいの、その生命力を啜る事で、他の猛能之武よりも一線を画す領域に至れる」
彼女はあの一件から影明を買っていた。
その力に目をつけている。
「勿論、ただでとは言わない」
彼女は自分の近くに置いてある風呂敷を影明の前に出した。
影明はもちろんその中身が何であるかはわからない。
そしてすぐに風呂敷の包みを広げて答え合わせをした。
「貴方の生命力を買わせて貰うわ」
それはこの世界での金貨だった。
風呂敷いっぱいに包まれていたそれは平民であれば一生は遊んで暮らせる額だった。
「その全て…人権すら、私が買ってあげる」
彼女は影明を金で買おうとしていた。
「苦労なんて出来ない程に豪遊させてあげるわ」
彼女は満面の笑みを浮かべていた。
これ以上ない破格の待遇だろう。
「素敵な提案でしょう?貴方は首を縦に振る事なんて出来ない」
この膨大な金額で影明を掌握できると彼女は思っている。
影明は呆然と風呂敷の中に包まれていた金貨を見ていた。
「(…確かに、それは、素晴らしい提案だ…だけど)」
それがあれば何不自由ない生活を送れるだろう。
だが影明が望むのは何一つ不自由のない生活じゃなかった。
「な、貴様ッ!!」
指なりを使用する。
その内容を理解した彼女は途端に怒り出した。
「(俺は、復讐の為に生きている、そんな生き方は、ゴメンだ)」
それは、彼女の提案を否定する内容だった。
影明の言葉に彼女の言葉は口汚くなった。
目つきも変わり今にでも噛み付いてきそうな獣のようだった。
「…チッ、今の、何て言った?私の提案を、断るだぁ?」
舌打ちをしながら彼女は影明に詰め寄る。
どうにも影明の選択が納得いかなかったらしい。
「テメェ、自分が、自分が一体、何を言ってんのか分かってんのか?」
ドスの聞いた声で影明にそう言った。
当然影明もこうなる事は想定内だ。
だからこそ影明には譲れないものがあった。
「(…分かっている、俺は、猛能之武になったんだ)」
影明が猛能之武になった理由。
自らの命を賭してでも叶えたい大義があった。
「(魑魅魍魎を倒す為に、この道を選んだ)」
自らの住んでいた故郷を滅ぼした化け物を殺す事。
あの惨劇の1日を通して影明は変わってしまった。
自分の人生を奪われたのだ。
絶対に許せない事だ。
「(今更、それ以外の道なんて、俺は要らない)」
だから影明が目指す道が一つだけ。
それ以外の道など影明の中にはありはしない。
「貴様…射累々天呼の提案を断るなど…ッ」
彼の言葉に彼女は血相を変えて怒り出した。
肯定以外の言葉などを聞きたくない様子で早急に言葉を是正すように詰め寄る。
「そう…よく分かったわ」
だが影明の言葉に意外にも彼女は冷静だ。
いや先程までは怒っていたので厳密に言えばそうではないが、今の彼女は冷静さを取り戻している。
その事に対して影明は違和感を覚えた。
彼女は悲しそうな目をしながら薄く口元を引いて笑みを作る。
「だけど、最初に言ったでしょう?」
嫌な予感がした。
そしてその予感が的中するように影明の指先が痺れていくのを感じた。
「貴方は、私を拒む事なんて出来ないってな」
その言葉と共に腹の内側から煮えたぎるような熱を感じると、喉奥から込み上げてきて影明は思わず口から吐き出した。
「ごふッ…?!こぼっ!こぼぁッ!」
吐瀉物と混ざり合う血の色。
舌先には鉄の味が広がっている。
「(血、混じりッ…口から…なん、だッ!?)」
一体何が起こっているのか理解できない影明。
理解を求めるために周囲を見回す。
そして目の前にいる彼女が視界に映った。
「お茶、初めてだったでしょう?苦くてとても飲めなかった」
うつろな瞳で空笑いをする射累々天呼。
「けれど、それが普通だと飲み干した…」
最初から茶の中には毒が仕込まれていたのだ。
「(…毒を、仕込んだのか、だったら)」
どういう方法で影明に飲ませたのかは分からない。
「テメェは、最初から…拒否権なんざ、ねぇんだよッ」
して彼女は涙を流しながら再び口汚く影明に向けて叫んだ。
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