第6話



邪継舘散は、それでも彼女の言葉に反論していた。

それは、彼女の事を思っての発言だった。

震える声色を出しながら、射累々天呼に言った。


「お、お嬢様、お言葉ですが…今の貴方は少し、御乱心と言うべきか」


その言葉を聞いて、彼女は怒りの表情を浮かべてみせる。


「御主人を、気狂いみたいに言ってんじゃねぇよ、テメェ!!」


正しくそうだろう。

知人ですらも異能を向ける相手を、乱心せずして何というのか。

弓から白銀羽根を放つ、その一撃を、彼女は刀を振る事で容易く弾いた。

射累々天呼の攻撃に、邪継舘散は驚いていた。

自分に攻撃をしたから…等では無い。

彼女の攻撃の威力に対してだ。


「お、お嬢様、それ程の力をッ」


通常技であろう筈なのに。

邪継舘散ですら脅威に思える一撃を放った。

その攻撃力に彼女は驚いていたのだ。

再び、影明の前に立つ射累々天呼。


「おい…テメェ」


振り向く事無く、射累々天呼は彼に声を掛ける。

声を掛けられた事で、影明は顔を上げて彼女の背を見た。

乱れた衣服、白銀の後ろ髪で隠れているが、その隙間から真っ白な背中が見える。


「(お、俺か?)」


自分が呼ばれた事に気が付いて、彼は自分を指差した。

彼女は振り向く事無く、影明に暴言を吐く。


「雑魚雄の癖に、この私を助ける様な真似をしやがって…出過ぎた真似だ、分かってんのか?」


その言葉に、怒りは籠っていない事に気が付いたのは、少し先の事だった。

射累々天呼の言葉に、影明は少しだけムッとした感情を浮かべる。


「(だからと言って、あの場で置いて逃げるのは違うだろ…)」


人として、その行動は間違っていると思った。

既に行動を終えたからこそ、彼女を助けた理由は後付けに過ぎない。

あの時、彼が動いたのは、彼自身の性格の問題だったからだ。

だが、影明に助けられたのは、彼女にとっては初めての事だ。

だから、この感情が恥であると勘違いしている。


「…もう決めた、其処まで、この私を馬鹿にしたいのなら…」


振り向き、射累々天呼は、彼に言った。


「   」


その言葉を聞いて、影明は我が耳を疑う。

この状況で、何故、その様な言葉が出て来るのか分からなかった。


「(…え?)」


射累々天呼と影明が会話をしているが、遠くに居る邪継舘散の耳には入って来ない。

何を喋っているのか分からない彼女は、歯軋りをしながらも鏡刃を構えた。


「仕方が、無い…お嬢様、主に刃を向ける事を、お許し下さいッ」


紫電を解放する。

刀身に跳ねる電気の波。

其れを見た射累々天呼は、ゆっくりと弓を構えた。


「死ね」


小さく呟き、弓の弦を引く。

それと共に、最大級の光線が放たれる。

先程の攻撃など比では無い。

強力な一撃が、邪継舘散へと向かい出す。


「(光…ッ!?くッ)」


彼女はその一撃を、振り下ろす刀によって相殺した。

周囲の地盤が崩れ出す、膨大な妖力の波の衝突。

これにより、地面が抉れて、大きな風が散った。


「げほッ…ごほッ」


土煙が舞い、咳払いをする邪継舘散。

周囲の土地は凄惨な被害を齎した。

土煙の中から、人影が見える。


「ふぅ…はぁ…あぁ…なんだか、スッキリ、しましたわ…」


発情していた時とは違い、すっきりとした表情を浮かべる射累々天呼だった。


邪継舘散は刀を納めると、射累々天呼の方へと近寄る。

彼女が元に戻ったかどうか心配しながら、顔色を窺っている。


「お、お嬢様、大丈夫ですか?」


恐る恐る聞いてみると、射累々天呼は毒気が抜けた表情をしていた。


「えぇ…私の方は、大丈夫ですわ、…散」


心配をかけた従士にそう告げると、邪継舘散は嬉しそうに微笑を浮かべた。

何時もの射累々天呼になったと喜んでいる表情だった。


「あぁ…良かった、お嬢様、元に戻ったのですね…あぅっ」


彼女の目の前にまで近づいた時。

ゆっくりと、彼女の指先が邪継舘散の方へ向けられる。

人差し指を折り曲げて、邪継舘散の方へ向けると、指を弾いた。

その弾いた指先が、邪継舘散の額に当たった。


「だからと言って、急に能力を使うのは、関心致しません事よ」


射累々天呼はそう窘めた。


「も、申し訳ありません…腹を切ってお詫び致しますッ」


急ぎ、邪継舘散はその場に座る。

鏡刃を引き抜いて自らの腹部に押し当てた時。

彼女はそんな面倒な事はやめろと言った。


「それよりも…散」


渋々と、邪継舘散は刀を腹部から離した。

切っ先が腹部に刺さり、少量の血が滲んでいる。

鏡刃を納めながら、邪継舘散は彼女の顔を見る。


「は、はい…お嬢様」


射累々天呼は後ろを見た。

後ろには、先程の攻防の衝撃で気絶した影明の姿があった。

無様に、大の字になって伸びている彼を見ながら惚けている射累々天呼。

熱の籠った吐息を零しながら、邪継舘散に告げる。


「彼を、屋敷に連れて来なさい」


そう言われて、一度頷く邪継舘散。

だが、顔を上げて射累々天呼の方を見た。


「…え?」


一体何を言っているのだ、と言いたげな表情をする。

そして確認を取る為に、邪継舘散は影明の方を指差した。


「この、無様な男を、ですか?」


地面に寝そべる影明を見ながら言った。

その言葉に、射累々天呼は再び視線を邪継舘散に向ける。


「何か、不都合な事でも?」


少し、怒りを込めた目だった。

どうやら、無様、と言う言葉が気に入らなかったらしい。


「い、いえ…この男は、お嬢様を利用した悪鬼です」


連れて行きたくない理由を告げる。

全ての原因は、影明にあるからだと。


「此処で、殺しておくべきです…確実にッ」


そう言うが、頑なに否定するのは、射累々天呼だ。


「…ダメです」


最早、彼女の中では決定した事だ。

誰が何を言おうが、影明は誰にも渡さない。


「彼はもう、私が貰う事に決めましたから」


射累々天呼の決定は絶対だった。

こうなれば、最早、頑として意見を変える事は無いだろう。

小さい頃からの付き合いだからこそ、その事は邪継舘散も分かっていた。



影明は眠っていた。

眠りながら、彼女に言われた事を思っている。


「(…あの、時の言葉)」


彼女に言われた事。

それを、何度も何度も、頭の中で過らせていた。


「(『誰にも渡してあげない』)」


その言葉が、影明の中で残り続けていた。

何故、あの様な状況で、影明に対してそう言ったのか。

それが、彼には全然理解出来ない事だった。


「(あの時の言葉は…確かに、正気に戻っていた、よな?)」


疑問を浮かべる影明。

興奮状態で言っていたならばまだしも、確実に彼女は素に戻っていた。

その状態で、その様な台詞を口にするなど、どういう意図があっての事か。


「(だけど、何故…誰にも渡さない、なんて)」


それではまるで、自分の事を大切に思っているかのようだ。

初めて出会い、そんな感情を抱けるのだろうか。

そこまで考えた時、彼の意識が外界へと向けられた。


「(…ん、なんだ、身体が)」


柔らかい。

体を全体的に包める暖かさ。

布の感触から察するに、布団の中だろう。

だが、自らの小屋には、これ程暖かい布団では無い。

襤褸の雑巾の様に隙間が見える布団は、風が吹けば穴に入る。

とても、暖かな布団とは言えない。

ならば、この布団は、何なのか。


「…?」


ゆっくりと目を開けた所。

布団はおろか、部屋の中は、明らかに自分の部屋では無かった。

左右を見渡すと、影明は自分が別の部屋で眠っている事を察した。


「…目覚めたか、貴様」


そう呼ばれて、視線を超えのする方に向けると。

黒髪が似合う女性が、彼の目覚めを待っていた。

影明は眠気を覚まし、大きく目を開いた。


「ッ!?(先程の、射累々様の、女中ッ)」


彼女の出会いによって、彼は寒気を覚える。

意識を失う前は、殺し合いをしていたのだ。

そして今、確実に生殺与奪の権利は彼女が握っている。

しかし…彼女は別段、影明に対して殺意を向けている様子は無かった。


「ふん、此処は何処だ、とか、在り来たりな言葉を口にしないのだな」


そう言うと、壁に凭れ掛かっていた彼女は背中で壁を押して一歩前に出た。


「(喋ったら、俺の生命力が漏れてしまうからな…)」


決して喋る事が出来ない。

これを徹底している為に、影明は咄嗟の事でも声を出す事は無かった。


「(この清潔な空間…何処かの屋敷か?)」


周囲を見回して、影明は現状を確認する。

しかし、状況を整理する前に、彼女の声が聞こえて来た。


「ジロジロと見るな、破落戸風情が」


そう言うと、部屋の襖に手を伸ばす。

振り向き、影明に付いて来る様に促した。


「起きたのならば来い」


影明は、彼女の言葉に首を傾げる。


「(来いって…一体、何処に連れていく気、なんだ?)」


彼の疑問に答える様に、邪継舘散が答えてくれた。


「お嬢様が、貴様に会いたがっている」


そしてその言葉から察するにこの家は射累々天呼の家なのだと影明は理解した。

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