第3話
影明は彼女の様子がおかしい事に気が付いた。
射累々天呼の表情が、体調が悪い程に赤くなっていた。
「はぁーッ…ふーッ…熱い、あつい…ッ体…んっ」
眼が据わっている。
まるで深酒でもしたかの様に。
ゆっくりと影明の方へ近づくや否。
影明は身構えた。
「(来るッ)…ッ!?」
彼女の手が、影明の身体を掴む。
強く、強く、絶対に離すまじと言いたげに。
化物の血で濡れた衣服。
其処から、深く呼吸を行い、肺に影明の体臭を流し込む。
「すぅぅ…はッ…あッ」
その行為は、恋仲にする様な出過ぎた真似だった。
影明もまた訳も分からず、この状況に疑問を覚えるばかり。
「(呼吸、抱擁!?俺が、何故!?)」
緊張が走る。
彼女の動作一つ一つ、目が離せない。
顔を上げると、怒りを浮かべる彼女の顔。
頬を朱に染めて、我慢が出来ないイヌの様な顔をしていた。
「信じ、られない…ッこの、
彼女の視線が一点に集中する。
影明の口元、其処に自らの唇を近づける。
そして、彼女は影明の口を吸い始めた。
「はぷっ…ちゅっ、んはっ」
咥内に彼女の舌が入り込む。
熱くねっとりとした舌先が、彼の口の中を犯し回った。
「(な、接吻…舌、唾液吸われッ)」
口元の唾液が据われていく。
一度口を離すと、彼女は大きく喉を鳴らして唾液を飲み干す。
舌を出してだらしなく、余韻に浸る彼女は、熱に魘された様に彼の背中に手を回して爪を立てた。
「いヅッ?!」
再び。
彼女の顔が険しくなる。
自分でも、何をしているのか分からない様子だ。
「ふーッ…許さない、私を、辱める真似をするだなんて…っ」
全ての行為の原因。
それは、影明にあるのだと彼女は理不尽にも言った。
命の危険を感じている影明は、何とか彼女を止めようとする。
「お止め下さい…ッ射累々様ッ」
声が漏れる。
狼狽している彼は、自分の体質すらも忘れていた。
甘い香りが、彼女の理性を崩していくとも知らず。
「黙りなさい…私の、接吻、はじめてを…ちゅむっ、に、二度目を奪っておきながら…はぁ…はぁッ」
辛抱たまらず、二度も口吸いをする。
彼女の意味不明な動作に、咄嗟に影明は反論してしまう。
「お、お言葉ですが…俺は何もしていない…全ては、貴方がしている事ですッ!!」
すると、彼の背中に深く爪が食い込んだ。
着物を貫通して、背中から血が滲んで来るのが分かった。
「だから…黙れよ、我慢してんだよ、
口汚く、影明を罵る。
「(なんて…下品な言葉を使うんだ…ッ)」
強烈な素の表情。
少なからず影明は、彼女は冷静では無いと思った。
「ふーッ…ふーッ…こっちは既に我慢の限界なんだよッ、さっさと出して骨の髄までしゃぶらせろ…ッ」
何度も唇を合わせる。
その度に、彼女に唾液を吸われ出した。
射累々天呼は自らの指先に付着した血液を舐める。
下品に舌を出して、舐め取る仕種を影明に見せつけた。
影明は、このまま食い殺されると思った。
魑魅魍魎は生命力を求める。
人の血肉を喰らう事で自身の成長に繋がる為だ。
だが彼女はどうだ?
影明の体液を貪る事だけを考えている。
彼女の行動は少なからず魑魅魍魎に近い何かを感じ取れる。
「(同じだ…魑魅魍魎と同じ…俺の体液を欲しがっているッ)」
そして影明は鏡刃を思い出す。
己の写し身である鏡刃。
全ての呪いと妖力はこの刀が引き受ける。
刀と身は一心同体。
己は刀であり、刀とは己なのだ。
魑魅魍魎の力。
それは自らの肉体に宿る本能と化している。
即ち、彼女が此処まで乱れているのは。
「(魑魅魍魎としての性質ッ)」
魑魅魍魎から得る力を我が身に降ろす事で飛躍的な攻撃力を発揮する。
故に、射累々天呼は魑魅魍魎と同じなのだ。
影明の稀血としての性質に魅かれて、彼の体液を欲している。
「(だったら…後は、簡単だッ)」
呑めば魑魅魍魎を酩酊へ墜とす媚薬。
彼の肉体には、その性質を持つ生命力が流れている。
体液には生命力が流れ易い為に、魑魅魍魎は肉よりも血を好む。
既に、気配の操作を熟知している影明は、自らの生命力を自在に操作する術も身に着けていると言っても過言では無い。
「はぁ…はッ、ちゅむっ!?」
驚き、目を開く射累々天呼。
彼女の口元に向けて、影明は唾液を流し込む。
それも、ただの唾液などでは無い。
意識的に集中する事で、何倍、何十倍にも濃度が上がった生命力が込められた唾液を彼女へと流し込んだのだ。
余りの生命力の濃厚さ、稀血としての性質。
驚きのあまり、彼女は彼の背中に強く爪を突き立てる。
「(十分に満足し得る、否、それ以上の生命力ッ、立ち上がれる事すら出来ないだろうッ!!)」
そう思っていた。
だが、射累々天呼は体を震わせる。
痙攣の如く、身をよじらせて、腰が砕けた様に体重を影明へと預けた。
「ゃ、ぁ…あっッ、ぃぐッ!!」
彼の生命力を過剰摂取した事により、絶頂を超えた幸福成分が身を駆け巡ったのだ。
あまりの生命力の濃度、彼女はだらしなく口を開いた状態で、彼にあられもない姿を見せてしまった。
「(お、落ち着いた…のか?)」
彼女はぐったりとしていて動く気配を見せなかった。
ようやく彼女を鎮圧出来たと思った影明だったのだが。
「(問題は此処から、だ…彼女を残して、この場を去るなんて、出来ない)」
ひと一人。
彼女は気絶をしていて動く事が出来ない。
必然的に、影明は彼女を背負い、中ツ籠の国、内地へと歩く他無かった。
「(彼女の家など知らない…連れていくのならば)」
喉を鳴らす。
影明は、彼女に引っかかれた背中に痛みを感じながら、移動するのだった。
中ツ籠の国。
一から百までの区域が存在し、区域番号が低ければ低い程に国土の中心となっている。
逆を言えば、区域番号が高ければ高い程に外側にあり、治安も悪くなっていく。
区域毎に猛能之武支部があり、其処では地区長率いる猛能之武たちが活動していた。
影明が現在所属している地区は『第九八区・
其処に、疲れた様子で影明は足を運ぶ。
「…なんだお前、居たのか」
事務員の一人が、影明の姿を認識した。
今まで机に伏して仕事をしていた彼。
影明は、相手が気が付くまで傍に居た。
声を掛ける事は出来なかったので懐に忍ばせた鈴を鳴らしたのだ。
その音で、男は影明に気が付いた。
「…」
何も言わない影明。
それを見て、事務員の男は眉を顰めた。
影明と言う存在に嫌悪を覚えている様子だ。
「相変わらず言葉を発さない…薄気味悪い奴め」
周囲を見回す。
生き残りが他に居ないか確認した。
仕事を終えた後、報告書を渡す必要がある。
その時に、報告をしに来た人間が虚偽をしないか確認する為に複数が来る事がある。
内容によっては、得られる報酬の内容が変わる為だ。
だが、一人だけしか来ないと言う事は、つまり、全滅したと言う事。
「どうやら、今回の仕事で生き残ったのはお前だけか」
じろじろと、影明を睨んでいる。
そして日頃の事務作業によって鬱憤が溜まっているのか、嫌味を口にしだした。
「まさか、仲間を見捨てて逃げたのではあるまいな?」
そう言われて、影明は首を左右に振る。
言った本人も、それは無いと思った様子だ。
「…まあ、それならば残虐姫に殺されていたか」
どうやら、事務員の男は残虐姫が来ている事を知っていた様子だ。
「生きている以上は出会ったのだろう?何処にいる?」
そう聞かれたが、返答に困る。
どう答えようか考える影明。
「…」
そんな彼を見て、彼は両手を挙げてワザとらしい態度を取る。
「ああ、悪かった、貴様は口がきけなかったな」
そう言って、彼は手を伸ばして来た。
和解の握手…などでは無い。
「報告書は持ってきたか?」
そう言われて、懐に忍ばせた報告書を取り出す。
それを彼に渡すが、彼は半ば乱暴に報告書を奪い取った。
「さっさと寄越せ」
中身を簡単に確認する。
そして、その内容を見て再び影明を見た。
一部、内容を改竄している事がバレないか心配だった。
「(流石に…最後の事は書けなかったからな…)」
残虐姫が淫らに乱れた事。
それを書く事を躊躇った為に、彼は嘘を書いていた。
暫く見た末に、机に報告書を置く。
「ふむ…まあ良い、後で下手人を現地へ向かわせる」
どうやら、内容に問題は無かったらしい。
「その時に内容を照合し、その後に評価を行う」
討伐した情報。
死んだ人間の確認。
これらを照合して真実であると認められれば。
其処でようやく、報酬を得る事が出来る。
「分かったら、今日の所は帰っておけ」
ようやく、影明は解放されるのだった。
外へと出る。
既に空は、夜が明けていた。
「(…これで今回の仕事は終わりだ)」
体中が錆び付いた機械の様に動かし辛い。
一刻も早く休息したかったが。
「(部屋は…射累々様が)」
部屋には、射累々天呼が居る。
自らのボロの布団で眠っている。
だから、寝ようにも雑魚寝しか無かった。
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