第10話 『測量士』の卵

 次の日、リビングでは


「では、申し訳有りませんが、私は席を外させて頂きます」


「アーシェ?どうしたの?」


「今、アキト様はエリミナーデ様と夫婦となられたことで夫としての自覚に目覚め、エリミナーデ様の為に頑張ろうとしているところです。ちょうど良いきっかけですので、アキト様の魂の傷を癒やすために活用させて頂こうかと思いまして」


「ふむ。まぁ、夫の為にというのなら任せるわ」


「はい、ありがとうございます。では失礼します」


「ふふ、あの人が私のために・・か。なんて心が疼く響きなんでしょう」


「エリミナーデ様、嬉しそうだにゃあ。良かったにゃあ」


「えぇ、そうね。でも、そうなると私も夫のために何かしなくてはいけないわね」


「そうにゃあ。良き妻は夫の為に美味しいご飯を作ってあげるって話は聞いたことあるにゃん。でも、それはあたいの仕事が無くなっちゃうから勘弁して欲しいにゃん」


「ふむ。まぁ仕方ないわね。他に良き妻らしい事ってなんかないのかしら?」


「今夜、アーシェに確認するにゃあ」






 その頃、森ではガイアが岩の大盾を作り、それをアキトが手加減して殴るといった修行を続けていた。


「そうなのそうなの、その調子なの」


「くっ、はっ、よっと」


「大分、手加減が出来てきたの。アキト様、そろそろそのあたりの木一本殴ってみると良いの」


「分かった」


 アキトは木の前に立つと正拳突きの構えを取る。一瞬の溜めの後、右の拳をゆっくりと突き出す。


 バチーン


 木の幹は抉れ、木が激しく揺れるが倒れることはなかった。


「うん、良くなってきているの。でもこれじゃ農民あたりは死んじゃうかもだからもうちょっと弱くしないと駄目かもなの」


「そっか、もうちょいか」


「でも、さっきよりは随分良いの。このまま頑張れば力加減はマスターできそうなの」


「うん、ありがとうガイア。ちょっと自信ついてきた」


「何だか~思ったより早く力のコントロールはクリア出来そうですね~」


「えぇ。流石はアキト様。あっという間に上達されて。この様子なら近日中には冒険者ギルドのギルド員として活躍なさるでしょう」


「そうですね~。そうしたら、たま~に高く売れる素材を狙い撃ちして大儲け出来れば休日も増やせそうですし、エリミナーデ様も大喜びですわね~」





 アーシェは中央サークル王国の最東端に位置する街、ザルビシュに辿り着こうとしていた。


「ふ~、ここが一番近い街かぁ。ここに冒険者ギルドのギルドマスターが来るはずだけど?」


「君!ちょっと待って。現在ザルビシュの東側は立入禁止となっているんだが知らなかったのか?」


「知ってますけど?」


「何?なら、ギルドカードの提出して貰おうか」


「持ってないです」


「ふむ。なら国民認識番号は持っているかね?」


「無いです」


「むむむ?外国からの旅行者には見えないし、怪しい奴め」


「隊長。ちょっとちょっと」


「何だ!?」


「もしかしたらこの方、例の件の関係者じゃ?」


「何!?」


「だってスーツ姿なのにどこも汚れてないしよれてないし、あの崖や森を通って来たとは思えません。飛んできたんじゃないですかね?」


「・・・・・・」


「そうですよ。今日この街に冒険者ギルドのギルドマスターが来てますよね?女神の使者が来たと伝えて下さい。多分それで伝わると思います」


「な?な・・分かった。申し訳ないが少しお待ち頂こうか」


「えぇ。ですが、なるべく急いで下さいね。御主人様を待たせてますので」


「お、おい。急ぎ冒険者ギルドに行ってこい。急ぎでな」


「分かりました」



 10分後・・


「はぁ、はぁ・・すみません。お待たせしました」


「いえいえ。貴方が冒険者ギルドのギルドマスター、シリウスさんですか?」


「はい・・(何で名乗ってもいないのに俺の名前を?兵士から聞いたのか?)」


「お話がありますが、どこか個室は準備出来ますかね?」


「では、冒険者ギルドの個室まで御足労頂けますか?」


「ふむ、無駄がなくて良いですね。好印象ですよ」


「ありがとうございます」


「なら冒険者ギルドまで向かいましょうか」


「この御方は国のお客様だ。俺の独断で街に入れるぞ!国王には俺から話を通す!周囲を護衛しろ!」


「はっ!」


「あぁ、お気持ちは嬉しいのですが、皆様のお仕事を邪魔する訳にも行きませんし、私を害せる人がいるとは思えませんので。ギルドマスターが案内してくれればそれで十分ですよ?」


「そ、そうですか。分かりました。すまん護衛はいい。そのまま街の警護を続けてくれ」


「は、はい」


「では、どうぞこちらへ」


「はい、ありがとうございます」



~ギルド内個室~


「ところで、女神様の御機嫌はいかがでしょうか?」


「えぇ、今はとても麗しいですよ」


「そうですか、それは良かったです」


「えぇ、そのうち王都にお邪魔させて頂こうかと思ってます」


「そ、そうですか。喜んでお待ちしています。気に入って頂けると良いんですが・・」


「ふふ、そうですね。お互いのためにも」


「・・・・・・」


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。元々苛烈な方ではありますが、理由もなく怒ったりするような神ではありませんので」


「そ、そうですか。ところで今回はどういった御用件でしょうか?」


「えぇ。冒険者ギルドの仕事の中の一つ、『測量』。思ったより進んでいないんじゃないかと思いまして」


「ど、どうしてそれを・・」


「神は全てをお見通しなのですよ」


「そうですか。仰るとおり現在S級ハンターを中心に進めていますが、この世界は広くそして厳しい。お陰でなかなか成果が上がりません」


「えぇ、えぇ、そうでしょう。そういう訳で私が来ました」


「え?貴方が『測量士』に?」


「いえいえ、私は推薦に来ただけです。そうですね・・3日後。王都の冒険者ギルドに新しい『測量士』の卵を連れていきましょう。よろしいですか?」


「は・・え?あ、はい。3日後ですね」


「はい。話が早くて良いですね。詳しい話はその時に聞きますし、条件なんかもその時で良いでしょうね」


「わ、分かりました。お待ちしてます」


「ところでこちらでは調味料や食材は購入できますか?」


「あ、はい。何か希望のものがあれば急ぎ取り寄せますが・・」


「ならば、胡椒、マヨネーズ、ソース、醤油、みりん、酒、味噌、油、バター、小麦粉、パン粉などもろもろが欲しいのですが、こちらの通貨の持ち合わせがないのですよ。冒険者ギルドではギルドに加入しないと魔石が買い取り出来ないと言うのは知っています。ですが、この魔石で物々交換という訳にはいきませんかね?」


 そう言うとアーシェは地竜の魔石をアイテムボックスから取り出し、ギルドマスターの前に置いた。


「こ、これは?色や大きさからすると地竜?地竜の魔石?」


「御明察です。キーンウッドの崖にいた個体ですね。私が推薦したい『測量士』の卵が狩った物になります」


「成る程。拝見させて下さいね」


「えぇ、どうぞ」


「ふむ、大きさも色も問題有りませんが、濃度までは流石に機械を通さねば分かりません。少しの間お預かりしても?」


「えぇ、それは構いませんが、物々交換が可能かどうかは・・」


「あぁ、調味料各10kg位であれば私からの貢物としてどうか受け取って頂けませんか?こちらの魔石は今、価値だけ調べてその『測量士』の卵が冒険者ギルド加入の際、買い取りさせて頂きます」


「ふふっ、随分融通を聞いてもらえるんですね」


「えぇ、私これでもギルドマスターなものでこの位は。ではすみません。少し席を外しますね」


「えぇ、お願いします」



~夜、リビングにて~


「と、いう事がありまして3日後に私と冒険者ギルドに向かって頂きたいのです」


「・・どういう事?」


「だから今、説明したじゃないですか」


「うん。いや、そういう事じゃなくて。どうして勝手に俺が冒険者ギルドに行くことを決めちゃってるの?って意味で聞いたんだけど?」


「アキト様。地竜のとんかつ美味しかったですよね?」


「うん、美味しかった」


「味噌汁はいかがでしたか?」


「うん、出汁がもうちょっと欲しいかなっては思ったけど美味しかった」


「そうですよね?で?その調味料はだ・れ・が、持ってきたと思います?」


「ぐぅ・・」


「アキト様、冒険者ギルドに加入すれば地竜の魔石300万で買い取りしてくれるんですよ?300万。エリミナーデ様に可愛い服をプレゼントするんですよね?美味しいものを食べさせてあげたいんですよね?」


「うん・・」


「ちなみに、今回頂いた調味料は全て込みで5万だそうです。物価が安くて良い国ですね」


「そうなんだ?あんなに量あるのに?」


「えぇ、アキト様が冒険者になって月一位でちょちょいと大物を狩れば、食べるものも着るものも困らないでしょうね。むしろエリミナーデ様に贅沢させてあげられますね」


「う~ん、そっかぁ。エリの為なら頑張ろうかな」


「その意気です。私も全力で応援いたしますので頑張りましょう」


「うん、ありがとう」


「お話の途中すみません。アキト様入浴の準備ができました」


「おっ、んじゃ入ってくるね~」


「いってらっしゃいませ~」


「・・で、どうだったの?アーシェ」


「はい、エリミナーデ様。冒険者ギルドのギルドマスター、シリウスはエリミナーデ様の御威光のお陰もあり、こちらの要求を無下にすることはないと思います。そしてやはり一角の人物であるため、何も言わなくても察してくれて協力的です。現在の所、ほぼ間違いなくこちらの思惑通りに話が進んでいます。アキト様本人もエリミナーデ様の為なら頑張ろうとおっしゃってますし、あとはアキト様が仕事を熟しつつ交流を深めていければ・・という所です」


「私のため・・そうね。良い響きよね」


「そうですね。アキト様はエリミナーデ様に対し、良い夫でありたいと考えているみたいですから。魂の成熟のためには多少の困難も必要ですが、今のアキト様ならその困難すらエリミナーデ様の為ならと乗り切れてしまう気がします」


「そうね。それでアーシェ。良い妻の条件って何だと思う?」


「良い妻ですか?そうですね。先ずは夫の心を支えて上げることですね。ですがこれは既にエリミナーデ様は行われていますので大丈夫です。次に明るく、笑顔で居ることですかね?」


「明るく?笑顔?」


「そうです。もしアキト様が笑顔でいたらエリミナーデ様は嬉しくありませんか?」


「・・そうね。その通りだわ」


「その逆になります。エリミナーデ様が笑顔だとアキト様も嬉しくなる。これは至極当然のこと。なのでアキト様が辛く苦しい時こそエリミナーデ様が笑顔でアキト様を癒やし励ますのです」


「なるほど・・」



~中央サークル王国~


「本当なのか?シリウス」


「あぁ、間違いない。『測量士』を引き受けてくれるそうだ」


「つぅと?女神様はうちが『測量』で困ってることを見抜いて助けに来てくださったと?そういう事か?」


「善意かって言われると何ともな。ただやっぱり神様なだけあっていろいろこちらの事情は見抜かれているみたいだ。下手に悪意や翻意などを持ったらヤバイと思う」


「そうか。しかし3日後か。国賓以上の厳戒態勢は取っておいたほうが良いだろうか?」


「まぁ、何も知らないバカがちょっかい掛けるよりは良いかもしれんが、そうなると国民が興味を持って集まるだろう。女神の事を国民に公表するのか?」


「う~ん。そうなんだよな。下手に公表すると、あやかろうとする奴らはいっぱい出るだろうな。それで万が一・・」


「うん、そうだな。極秘でいいだろう。要所要所にだけ護衛を置けば」


「本当にそれで大丈夫か?」


「分からん。ただ、会話は出来るし、話も通じる。誠意を持って対応すれば何とかなりそうな気もする」


「ビスタ、天啓は?」


「う~ん。特に普通でいいみたい。空飛んでくるっぽいし。ただ全員来る」


「全員・・か。空を飛んでくるのは、まぁ飛行の能力を持つ冒険者もいたから何とかなるかもしれんが、一人でも怒らせたらやばいのが全員かぁ・・」


「そうだなぁ。俺、その日旅行に出かけようかな?」


「ふざけるな。『サークル』全員、冒険者ギルドに集合だ」


「えぇぇぇぇ」





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