3 ウサギの食事


 退院後、食の指導にのっとって生き生きと料理しだしたのは妻である。塩分を控え、糖分を控えた食事とはどんなものだろうか、2週間食べた、全く無味乾燥である。2週間体重が6キロ減った。全く以前のような力が出ない。

 あたりまえだ、食べているものはウサギのように緑の野菜だけである。肉、ハム、ソーセージたるものは見たことがない、刺身、焼き魚、煮付けも全くお目にかかったことがない。ついに中村さんも命の危険を感じるようななった。ベルトのゆるくなったズボンに手を入れながら妻におれこのまま死んでしまうのかもしれないと思うことがあるんだ。妻もあなた、わたし毎晩夢に緑のお化けが出てくるの。どうしようか。中村夫婦は、再度病院の栄養指導を受けることにした。

 栄養士の話から、いかに自分たちが張り切って、ストイックに目的達成のために心血をそそぎ過ぎているかと言うことを理解させられた。しかし、栄養指導後、妻は急には基準をゆるめることができないみたいで、その後もほとんどのものの味が全くしなかった。

退院して約1ヶ月、妻と買い物をしている中村さんは、常に奥さんが側にいる。そうしなければ外出しないようなしている。妻は常に夫の行動に気をつけていると、夫の微妙な変化になぜだか長年の鍛錬からだろうか夫の異変に気づくのである。

「あんたちょっと歩くのおかしいんじゃない。・・なんかさぁ片方の足がもつれているように見えるんだけど・・」

「ほらっ・・そんなこと無いよ。転ばないように慎重になってるからじゃないのか」

「そうか、わたしがちょっと神経質になっているのかもね」

 実際には、中村さんも奥さんの指摘のように感じていることがあり(自分で何か厚い絨毯の上を歩いているような違和感を感じている)ということである。

 しいて言えば先日の入院から始まった薬による影響か何かと思い込んで、この違和感をもう少し時間をかけて確かめようと思っていた矢先であった。確かに以前よりは動き事態緩慢である。これは病気のせいにしても運動神経事態は、元にもどっても良いはずである。そう考えていくとやはりどこかおかしいといえる。

 中村さんは、何もかもが初めて感じる感覚に疑念を持ちながらも、年を取って動けなくなると言うことはこういうことなのかと妙に納得したのである。

十二月の声を聞き、今年もあと一ヶ月かとなごり惜しい気持ちで年の瀬を迎えようとしていた。中村さんは、日々歩行感覚がふわふわしているようで、車に乗ってもその試技がスムースでない、いつもはできていたことが、忘れているようでもう一度、一からやりはじめ、順序におこなうという時間がかかる。こうすることが動作を忘れてパニックにならないことである。そう自分に言い聞かせている毎日である。しかしこれも限界に近づいていることが物語る出来事が起こった。

 妻を乗せて、我が家の駐車場に車を入れるときに、ドアミラーを柱にぶつけてしまう事故を起こしてしまった。

「あらーおとうさん何しているの・・前に出なさいよ・・あら、バックよバックよ・・あらーストップ・・ストップ」と妻には結婚以来見せたことのない運転の醜態を見せてしまい、中村さんのプライドが大いに傷つくとともに、病院行きが強制的になった。

 派手なクリスマスのイルミネーションも終わり、世間はもう年の瀬で浮き足立った雰囲気が人々の顔やそのしぐさにあらわれ否が応でも近くにいる人間を巻きこんであたらしい年に突き進んでいく。


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