2 細くなった血管

 15分後、中村は県立病院の救急のベットの上にいた。グッチー先生から電話が入っていて病院到着と同時に、スタンバイされていたベットに横になって、若手のスタッフが事前の検査をはじめた。

「中村さん、手を挙げてそのまま・・次に指を折って数を数えてみてください」

多くのスタッフがめまぐるしく動き周り、それぞれが目的をもっていてまったく無駄がない。

腕をまくし上げられて、看護師が点滴のための肘の内側の血管を探す。

「わたしへの点滴いつも大変そうで、どこの病院に行っても一回でうまくいったことがないので、もうしわけありません・・・いててて・・」

看護師さんがやけになって、二カ所目にチャレンジし始めた。ちょっとがまんしたがかなりの痛みが腕から上ってくる。やっと看護師1号が諦めて、2号にバトンタッチした、これまた2号も優しい語りかけとは裏腹にすさまじい力業に声が引きつった。ついに3号が登場して何とかおさまった。

 そうしているうちに、次の頭の検査である。MRI検査に向かって大きめのドーナッツ状の検査機器に頭を突っ込むと、検査官から。

「目を閉じて動かないように言われた。・・・さらに、ここからは息もしないくらい動かないでくだい」

 まことしやかに厳重なお言葉を頂戴した。機械が頭の回りでグングングンと唸って検査は無事終了した。

MRIが終わってさっきの雑多な部屋にもどる。と主治医になるらしい若い仏顔(ほとけがお)のタッキー先生が画像から目を離し、中村を見た。

「画像から見ると、危ない状況ですね。ここのところ(ボールペンで指し示す)ほら、こんなに細くなっていて、言語障害がでたといっていた原因はこれだと思いますよ。中村さんまずはすぐに入院です。グッチー先生のところに行ってよかったですよね」


 中村さんは、その晩から「一過性脳虚血発作」と病名をつけられて入院することとあいなった。行動の制限のポイントは「安静にすること」である。

早速妻に電話すると、もう病院から電話が入っていて、今、必要なものをみつくろって病院の方へ向かうところだと返事が返ってきた。

 やがて妻が入院に必要なものを抱えてきて、タッキー先生と会うと

「ふだんから健康に気をつけないからだと嫌みたっぷりに言って、ふだんから目の敵にしている酒について、飲み過ぎだとか、塩分の取りすぎだとか味の濃いラーメンなんかを最後まですすっているなど・・この時とばかりにあること無いことを4対6の割合で織り交ぜて機関銃のように話した。」

そのとおりなので、何も反論を示せずに呆然と反省のポーズを取るしかなかった。

 ちょっと反論させてもらうと、中村、一週間に1合の酒を2日間飲むだけで、風呂上がりにビールを毎晩2缶~3缶空けるような飲み方はしない。このことだけでをみても世間の平均からみても控えめな方であることは確かである。ただその体型からも分かるとおり、身長164センチ、体重80kgとかなり太っている。社会の悪である煙草も吸う。それに長年のコレステロールの蓄積と以前からの高血圧のために薬を飲んでいる状況である。つまりは高血圧と糖尿病の入り口をうろうろしているよくある中年の世話の焼ける人間なのである。


今回のこの入院は、死に直結している病気の一歩手前で立ち止まっていることについて、中村にはひどく心に響いたみたいで、日頃の生活をだいぶ反省しているように見える。

 ただ、安静に過ごす一般病棟は今どこか痛みがあるわけではない人間には限りなく退屈で、ついにはノートパソコンを持ち込んで簡単な仕事を始めた。

 同室の方に話しかけても、眠り続ける高齢の方が多く、比較的若い人だと重篤な方になる。入院4日目、面接室でコンピュータを操作していると、病院内を何周も歩き回る、病人と思えない筋骨たくましい中年のおじさんに会った。

「あなたも暇なようですね。こんなかごの鳥のような場所にいたんじゃ、動けなくなってしまうんじゃないかと心配して、毎日5キロは歩こうと思っています」

「5キロですか、そりゃ歩きすぎではないですか」 

「いったい、どこが悪いんですか?」

「どこが悪いのか探しているようで検査ですかね・・こうやって歩いていたら、このうっとうしさも紛れてしまいますよ」

「わたしなんか、頭に病気を抱えていて、そんな激しく歩けないですよ」

この「歩け歩けおじさん」とは1日のうちに何度か顔を合わせて楽しくお話しした。

 6日目の午後CTをとる予定が入った。毎日決まった時間に血圧・体温・血糖値を取られ、空いた時間でリハビリテーションの名の下に歩かされたり、変な引き算をやらされたりする日々から考えると、この病棟の外に出れるのは、たとえCTでも変化があることは次へのステップがあるんじゃないか胸がふくらむ。

その日の夕方主治医のタッキーに呼ばれて、ナースステーションでCT画像を見た。

「中村さんだいぶ血管が良い方向に戻ってきていますね、このぶんだと退院も考えられますね。・・・明日奥さんを呼んで、一緒に説明をして退院しますか」

 中村は内心ほくそ笑んでいた。タッキーとの会話の後、妻へ電話した。

 次の日、中村と奥さんは、タッキーから注意事項や次に検査に来る日を確かめるなどして、最後は、管理栄養士から食生活に気をつける食事の観点から、塩分、糖分などを調整しながら食事をとることの指導を受けて、やっと病院から開放された。

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