03 魔道具の発表会

 魔道具の発表会の会場であるロレル侯爵家の大きなホールには、想定していた以上にたくさんのひとが集まっていた。

 王宮でジェレミア様と会ってからしばらくして届いた招待状には「ちょっとしたパーティーですが」というようなことが書かれていたのだが、どこがなのかわたしにはまったくもって疑問だった。


 ロレル家と親しくしているのか、このちょっとしたパーティーには兄であり近衛騎士のフィリップと連れ立って現れたドロシア・ダーレン嬢の姿もあった。サイラス様を見かけるなりものすごい勢いで突進してきたのだが――ラスグレーンの森から帰って来たばかりのレベッカが庇ってくれたので事なきを得た。

 どうやらレベッカの熱烈なファンであったようで、ドロシアは「ベッキー様、狩猟大会の優勝おめでとうございます」と瞳を潤ませて握手を求めている。疲れているところ申し訳なかったのだが同行を頼んでよかった、と心から感謝した。あとでミューちゃんにお願いして、レベッカに存分にもふもふしてもらおう。


 その隙にサイラス様とわたしは目立たないように会場の隅の方へと移動したのだけれど……。

 

「おお……見てみろサイラス。想い人の感情がわかる魔道具だそうだ、胡散臭いな! なんとこっちは望んだとおりの夢がみられるらしい」


 真っ白なクロスがかけられた長テーブルに、ロレル家お抱えの魔法士が作製したとされる魔道具がずらりと並んでいる。ひとつひとつを手に取り興味深そうに眺めながら、リアム殿下が快活に笑った。


「――殿下、今日は目立たずにお忍びでお過ごしになると決めたのではありませんか?」

「いやいや、ところどころ目立って印象に残っていた方が目撃者が増えて安心ってものだろう」


 リアム王太子には事情――ジェレミア・ロレルに反王太子派の疑いがあるとして、ロレル家主催の発表会には行かないように要請したのだが「それなら不参加になることでかえって怪しまれるのでは」とサイラス様いわく屁理屈を言って、絶対に参加すると言い張ったらしい。

 周囲の人々もまさか王太子が参加しているとは思っていないだろうが、やたらやかましい客だなと此方に意識を向けているようだった。こんな中で忽然と殿下が消えようものならひどく目立つことは間違いないだろう。

 リアム殿下も何も考えていない、というようなわけでもなさそうだ。


「まあ! こちらの指輪……アクセサリーとしても素敵だわ。ロレル家の魔法士は趣味が良いのね」

「値段以上の価値がありそうだ。よし決めた、これをオーダーするとしよう」


 殿下が所有している転移魔法を発動できる魔道具のような、高価で希少な品は容易には触れられないように硝子ケースに入れられ安置されていた。この発表会は受注会も兼ねているらしく、陳列された魔道具を見る人々の眼は真剣そのものだった。実際何に使うのだろう、という珍品もありながらも実用的で便利なものは注目を集め、人気を博しているようだ。

 わたしも硝子匣を眺めながら、どんなひとがこんなすごい品を作製しているのだろうと無性に気になってきた。もしかするとこの会場の中にいるのかもしれない。


「お集りの皆さん、ようこそお越しくださいました――この度は魔道具のお披露目に立ち会ってくださいましてありがとうございます」


 ジェレミア様がこの会の主催者らしく開催の言葉を話しているうちに、わたしはきょろきょろとホールの中を見回していた。知った顔はほとんどいないのだが、壇上のジェレミア様を食い入るように見つめている女性が妙に気になった。

 流行のドレスで着飾った人たちの中では浮いてしまう、地味なローブ姿の彼女がかつての自分を思わせて不憫に感じたのかもしれない。

 なんとなく見つめていたわたしの視線を辿ったらしく、サイラス様も同じ人物に目を留め――息を呑んだ、かのように見えた。

 リアム殿下に合図を送ると、そっと会場を抜け出した女性を追いかけるようにわたし達一行はその場を離れたのだった。


 ホールの通用口を抜け、地下へと向かう階段を下りていくと突き当りに黒い鉄の扉が見えた。

 鍵がかかっているかと思いきや、すんなりとした手ごたえで扉は開いた。中はどうやら研究室になっているようで、高価そうな魔石や結晶化した魔獣から抽出した魔力素の瓶などが所狭しと置かれている。割らないように気をつけながら奥に進んでいくと、先ほどホールで見かけたローブ姿の女性が此方に背を向けて立っていた。

 大きな作業机の上で何かをいじっているようで、わたしたちがすぐそこまで来ていることにも気が付いていなかった。


「クロエ・バティスト、ですね」


 サイラス様が彼女の名前を呼ぶと、びくっと大きく肩を震わせ、手にしていた魔石を作業机の上に置いた。恐る恐ると言ったようすで振り返ると、彼女は分厚い作業用眼鏡を外し深々と頭を下げた。


「……サイラス・エルドラン卿――よかった、ようやく貴方が此処までたどり着いてくれた」


 クロエと呼ばれた彼女は、そう言って頭を上げる。

 そのとき彼女の頬には涙が一筋伝っていた。

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