第6章 今度こそ未来を。
01 消えた証拠
「団長、リーリエ様。この度は誠に申し訳ありませんでした……」
ヨナスが深々と頭を下げた。負傷した右腕に巻かれた包帯が痛々しい。
わたしはサイラス様と共に王宮からエルドラン邸へと戻ってきていた。そこで出迎えてくれたのは使用人一同と護衛役のヨナスだった。
「ヨナス、わかっているな――命に代えてもリーリエを守れ、と俺は言ったはずだが」
「……はい」
「俺の信頼をお前は裏切ったんだ厳罰を与えられても文句は言えない立場だと」
「いいの、気にしないで! ヨナスが無事でよかった」
何やら剣の柄に手を添えて怖い話を始めそうだったサイラス様の腕に、わたしはしがみついた。リーリエがそう言うなら、と眉を下げたサイラス様が息を吐く。わたしもほっと一安心だった。
不在のレベッカの代わりに雇い入れた使用人が淹れてくれたお茶を飲んでいると、ヨナスが「報告があります」と神妙な面持ちで告げた。
「ご不在の間に城下町の図書館に泥棒が入ったようです」
「え」
「……そうか」
ある程度この状況を予期していたのか、サイラス様はわたしと違ってさほど驚いたようすはなかった。
「閉館中だったので人的被害はなかったようですが……館長室がひどく荒らされていたそうです。金品目当ての窃盗だと捜査しているようですが」
「そうとは思えないな――見当外れもいいところだ」
ということは反王太子派の手掛かりとなる手紙も奪われてしまったということだろう。落胆をあらわにするわたしとは対照的にサイラス様は何か考え込んでいるようだった。
所在なくみゅーちゃんを撫でていたわたしにヨナスが「そういえば」と真っ白なハンカチを差し出してきた。
「こちら、リーリエ様の部屋に落ちていたものですが」
「うーん……わたしのものでは、ないけれど」
言いながら眺めているとふっと記憶が流れ込んで来た。
『おとなしくしていてもらおうか』
もしかすると――顔を隠した男たちが邸に侵入し、わたしを誘拐したとき押し当てられたハンカチではないだろうか。思わず手を伸ばしかけたわたしより早くサイラス様がヨナスから受け取った。
「……薄れてはいますが夜香草の匂いがしますね。それからあの男の香水の――」
言いかけてわたしの顔を見たサイラス様は口を閉じ、あいまいに微笑んだ。ただサイラス様が「あの男」と呼んだ相手のことをわたしも思い浮かべていた。
ラスグレーンの森から王宮へと転移してきたとき、待っていたのは予想外の人物の出迎えだった。
「お久しぶりです、リーリエ嬢」
にこやかに微笑むジェレミア様を前に凍り付いてしまったわたしを庇うように、サイラス様が一歩前に出た。サイラス様からジェレミア様がいかに危険な人物であるか説明を受けていたこともあって、いささか表情に出すぎてしまったことを後悔する。かつてわたしが死んだのも――ジェレミア様が関与していたと聞いて、警戒する気持ちが強くなっていた。
「ロレル家には魔道具を多く献上してもらっているんだ。この転移魔法を発動できるペンダントもロレル家が開発したんだったか」
ちか、とつい先ほど発動したばかりの魔力の残滓がきらめくペンダントをリアム殿下がつまみ上げる。
「ええ、我が家が抱えている魔法士が発明したものでして。我が家にも試作品としてブレスレット型の装置があるんですよ」
「転移魔法は費用も手間がかかる、というイメージを払しょくする画期的な発明だな。よほど優秀な技術者なのだろう――いい人材を得たな、ロレル小侯爵」
「高価な魔石を使っていますので初期費用こそ掛かるんですけどね」
いかにも親しげに話すふたりのようすを見て、肌がざわりと粟立った。ジェレミア様は反王太子派の一員のはずなのに……表面上は王太子にひどく近い立場にいるし、信頼を勝ち得ている。サイラス様も顔には出さないまでも警戒心をあらわにしているようだった。
「そうそう、今度当家で開発した魔道具の発表会を行うんです。よろしければ殿下……それにエルドラン卿とリーリエ嬢もお越しいただけませんか」
「おお、それはいい――お忍びで遊びに行くとしよう。気に入ったものがあれば購入することもできるのかな」
「ええ、勿論です。殿下のお気に召す魔道具があると確信しておりますので、どうぞご期待ください」
サイラス様と視線が合った。おそらくこれは罠だ――反王太子派がリアム殿下をおびき寄せて、ジェレミア様はきっと何か企んでいるに違いない。その場にわたしとサイラス様を呼び寄せるなんていかにも怪しげだ。それでもリアム殿下をひとりで行かせることは出来ないだろう。
「……喜んで、お伺いしましょう。ですが、リーリエは所用がありますので」
俺、ひとりだけで。サイラス様が笑顔で招待を受けようとしたそのとき、わたしが口を挟んだ。
「いえ。わたしも一緒に行きたいと思います。わあ、魔道具の発表会なんて面白そう。ぜひ見てみたいです!」
声が震えていないか不安だったがサイラス様の腕にしがみついて、ぎこちない笑みを口元に浮かべる。可能な限り呑気なご令嬢らしく聞こえるように取り計らった。
「それでは決まりですね――ロレル家は皆様をお待ちしております」
穏やかなジェレミア様の声音に、何故かぞくりと背筋が寒くなった。
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