07 キャンプ地へ
「リーリエ様……? 何故、ラスグレーンの森におられるのです」
サイラス様に抱えられて狩猟大会の拠点に連れて行かれたわたしは、大会参加者であるレベッカと再会を果たしていた。大事な大会中にいきなり姿を消した近衛騎士団長が、ようやく戻って来たかと思えば――肝心の獲物がサイラス様のマントにぐるぐる巻きにされたわたしだったのだ。呆れるのも当然である。
他の参加者である騎士たちもサイラス様の腕の中にいるわたしに「なんだあれ」という視線を向けていてかなり居た堪れなかった。
「後で話すが事情がある。リーリエをテントの中に入れてくれないか」
サイラス様は他の参加者の視線から隠すようにレベッカが使っているテントの中でわたしを下ろした。どうやら大会主催者であるリアム王太子殿下に報告に向かうらしく、テントの中にはレベッカとわたしが残された。
「……………」
「あ、あの」
気まずい沈黙が流れ、騎士服に身を包んだレベッカから冷ややかな視線を向けられていたときだった。
「みゅ!」
サイラス様のマントの中に隠れていたみゅーちゃんが、ひょっこり長い耳と顔を出した。
「な……⁉ ミュゼット、ですって?」
「みゅ、みゅーちゃん⁉ いきなり出て来ちゃ駄目っ、いちおうあなた魔獣なんだし……!」
サイラス様は危険はないと言っていたけれど、レベッカが魔獣はすべて討伐すべしという思想の持主だったら困る。
「お、お待ちください!」
慌ててみゅーちゃんをマントに包み直そうとしたとき、予想外の「待った」がレベッカから掛けられた。
「えっ?」
「あ……」
レベッカと、みゅーちゃんのつぶらな
「リーリエ様……私にも、その……抱っこさせていただいても?」
「みゅ」
いいよ、と(おそらく言ったのだと思う)みゅーちゃんは応じると、ぴょんとウサギさながらの跳躍力でレベッカの腕の中へとジャンプした。驚きながらも抜群の身体能力でキャッチするレベッカ、さすがである。
「わあ……ふあふあ、もこもこ……」
「みゅみゅ~!」
甘くほどけるような声音でみゅーちゃんを愛でるレベッカを前にわたしは茫然としていた。予想もしなかった光景が目の前に在る。
「ミュゼットは幸運の魔獣と呼ばれているんです。そして何より可愛い……この愛くるしい容姿からラスグレーンの天使と呼ぶひともいるぐらいで」
「そ、そうなのね」
早口で語り始めたレベッカはいままで見たことのない顔をしていた。すっかり蕩けている。
予想外の事態ではあったがレベッカが癒されているようなので良かった。みゅーちゃんを囲んでふたりでしばらく和んでいると「失礼します」と断ってからサイラス様がテントの中に入ってきた。
「はっ、そうだ……そうでしたっ! 団長、リーリエ様が何故ここにいるのか説明してくださいっ、いったい何が起きたというんです?」
みゅーちゃんをしっかり抱っこしたままレベッカが叫んだ。
「……顔がにやけていますよ、レベッカ」
「おっと、失礼しました」
小動物に骨抜きになっている部下を一瞥すると、サイラス様はこの森にわたしがいる経緯を説明し始めた。
つまりはエルドラン邸が襲撃されてわたしが攫われ――魔獣の森と名高いラスグレーンに放置されたということである。
「それにしても何故わざわざそのような面倒なことを……?」
レベッカが怪訝そうにわたしを見る。
確かにそれはわたしもずっと謎だった。わざわざ転移魔法を使ってまでわたしをラスグレーンに連れてきた理由はあるのだろうか、と。するとサイラス様がわたしの方をちらっと見た。
「リーリエの服には獣の血がつけられています――魔獣の好むものです」
「ああ……そういうことですか」
レベッカはその一言で納得してしまったらしい。この場で理解できていないのはどうやらわたしだけのようだった。見かねたレベッカがみゅーちゃんを撫でながら説明してくれる。
「この森には危険な魔獣がうようよいますからね――彼らの多くが、捕食したものを完全に溶かし自らの養分として取り込むんです。死体さえ残らない。リーリエ様を襲った者はそれが狙いだったのでしょう」
「ひえ……」
どうやらわたしは一歩間違えば、魔獣に存在ごと消されていたかもしれなかったようだ。サイラス様が助けてくれなかったら、あの猪の魔獣の餌食になっていたことだろう。いまさらながら腰が抜けそうだった。
「それで犯人に心当たりはあるんですか」
「うう……そうですね、犯人……」
誘拐された当時のことを振り返る。エルドラン邸に押し入った男たちは顔が分からないようにしていたし、さほど言葉を交わしたわけではない。それに恐怖でほとんど記憶が飛びかけていた。
「あっ、でも……花の、香りが」
「花?」
レベッカがきょとんとしたようすで首をかしげる。
「ハンカチを押し当てられて昏倒したんですが……薬品のにおいに混じって、甘い花の香りがしたような」
勿論、気のせいかもしれないんですけどと付け加える。
「――そう、ですか」
それでもサイラス様が険しい表情で考え込んでいた。
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