05 秘密の手紙(✦サイラス視点)

「団長」


 レベッカの声にはっと顔を上げると、怪訝そうに此方を見る部下の姿があった。


 城下町の図書館を訪れたサイラスは、館長代理を務める司書の許可を得てバックヤード、及び館長室に立ち入り調査をすることになった。近衛騎士団に本来そのような権限はないが、エルドラン侯爵家の名前といままでのサイラスの功績を鑑みてのだったのだろう。またの名を忖度とも言う。


「すまない、何かあったか」


 館長室は公共施設にふさわしく華美な造りでこそなかったが高級感のある設えだった。ただその雰囲気をぶち壊すように、金銀、宝石をふんだんに用いた派手で趣味の悪い置物が棚の上に鎮座している。

 部屋の奥にどんと置かれている大きな書き物机周辺をごそごそと漁っていたレベッカが「ちょっと此方に来てください」とサイラスを手招きした。


「これを、こうすると……」


 机の引き出しを前にレベッカが試行錯誤している。

 一番下以外の二段を引き抜いてしまい、ぽっかりあいた空洞の中に手を突っ込んで中を探るように動かすと、がこん、といささか間が抜けた音を立てて隠れていた物入が現れた。


 引っ張り出した物入の中を見ると、何通もの手紙が束となって保管されていた。どれも反王太子派を意味する印が便箋の隅に手書きで書き入れられている。厳重に隠されていたことからも、館長が関与していたのは疑いようがなさそうだった。


「うわ……それにしてもこれ、なんて書いてあるんでしょうか? 解読するのは難しいですよね」


 封筒から引っぱり出した手紙にはびっしりと見慣れない文字が綴られている。少なくとも、オディール語ではないようだが……サイラスはじっと目を凝らす。


「いや。南方の小国の言語を使っているだけで、特に暗号というわけでもないよ。辞書さえ引けば誰にでも解読できる内容だろう」

「さすが団長」


 ただ記されているのがその言語であることを一目で理解できるのは、幼少期からあらゆる言語を叩きこまれたサイラスゆえなのだが――素直に尊敬のまなざしを向けてきた部下に悪い気はしなかった。


 肝心の中身はと言えば、既に終わっている会合の待ち合わせ場所だった。

 さすがに尻尾を掴ませるような内容はないのか、と一通目を流し読みしながら落胆する。便箋をめくって次の手紙へと視線を走らせたときだった。


「……これは」


 思わずつぶやいていたサイラスの手元をレベッカが覗き込む。


「どうしたんです? まさか、関与している貴族の署名でも入っていたんですか⁉」

「さすがにそんな迂闊な真似はしないだろう――だが、この綴りの癖には見覚えがある。何度か手紙をやり取りしたことがある相手だからね」


 ぐしゃりと手にしていた手紙をサイラスは握りつぶしていた。


 筆跡の主は知人でもある有力貴族で、本来は王太子派の家だった――そう簡単には手出しが出来ない人間だ。目と鼻の先に、リーリエを死に追いやった人間がいるというのに。腹の底から煮え繰り返るような苛立ちをおぼえていた。


「どうするおつもりですか」


 レベッカが冷ややかな声音で問いかけてきた。

 リーリエを喪った経緯については話していなかったが、近頃浮かれている原因であった「団長の恋人」が彼女であることに、薄々勘付いているのだろう。


「正当な裁きを下すだけだ。なにも後ろ暗いところはない」

「恐れながら……先にリアム王太子殿下にお話しをした方が良いのでは」


 レベッカの指摘はもっともであったが、報告することでかえって身動きが取れなくなることをサイラスは恐れていた。何をひきかえにしても――サイラスはリーリエを害したものを引き摺り出し、罰を与えると決めていたからである。


 たとえ自らの立場や命を失ったとしても、この復讐は果たさねばならなかった。


「団長、お願いですから無理はなさらないように」


 ぽつりと口にしたレベッカに曖昧に微笑むと、他に室内に怪しいものがないか調べ始めた。





「ええええええっ、あの手紙ってそんなに危険な……ものだったんですか⁉」


 リーリエは大声で叫んでいた。サイラスのマントを肩に掛けたおかげで暖は取れているようだが、ミュゼットを胸に抱いたまま青ざめた顔でがたがたと震えている。そんな仕草までつい、愛らしいと思ってしまうのが自分でも不思議なくらいだ。

 一度は失った彼女が目の前にいることの幸せを噛みしめながらサイラスは息を吐いた。


「やはりリーリエは封筒の中を見なかったのですね」

「いや、気にはなっていましたがさすがにラブレターの中身を覗き見するのは憚られたといいますか……」


 でもラブレターなんかじゃなかったんですね、とリーリエはがくりと肩を落とした。

 死んだ館長は封筒から手紙を抜いて、反王太子派の関係者を脅していたのだろう。表向きは人格者として通っていたようだが、何者かに金品を要求していたらしい痕跡を館長室を調べる中で見つけていた。


「わ、わたし……封筒に触ったのなんか、見つけたときと、こないだ館長が亡くなったときとで、ええっと数えるほどしかなくて――あ、アルトマン館長には、手紙のことを報告したのですがっ」

「その館長が、反王太子派の連中にリーリエの存在をほのめかしたのでしょう。許しがたいことです」


 ぎり、と奥歯を噛みしめたサイラスをリーリエはびくびくしたようすで見ていた。怯えさせてはならない、と深く息を吸い込んで吐き出してからサイラスは口を開いた。


「――つまりはこういうことだと考えられます。アルトマン館長は反王太子派の一員だったが、何らかの理由で離反した……それどころか、反王太子派のかつての仲間を脅迫し金品を得ていた。そしてその証拠をリーリエが握っていると匂わせたのです」

「わたしが……証拠を?」


 ぱちぱちと瞬きをし、心当たりがないとばかりに首を傾げた。


「反王太子派の仲間内で連絡手段に使っていた手紙のことです――逆三角形を半分に割るような印に見覚えがありませんか」

「あ」


 リーリエは勢いよく頷く。やはりあの印を目にしていたのだろう。


「でもわたし、手元にありません――封筒の方だけ、こないだレベッカと図書館に行ったとき見つけて」

「いまそれは何処に?」

「レベッカが持っています」


 腹心の顔を思い浮かべ、サイラスは安堵の息を零した。


「封筒に入っていた手紙本体は、おそらくまだ館長室の引き出しの中でしょうね。反王太子派に先んじることが出来れば……いや、あれだけでは根拠としては薄いか」


 顎に手を当てて思案していると、リーリエがおずおずと口を開いた。


「それで、サイラス様は……その、かつてのわたしを、こ、殺したひとを」


 リーリエの顔は青いままだった。これを口にすることで、いままでの関係が崩れてしまう。その覚悟をしたうえでサイラスは肯定した。


「ええ、殺めようとしました――失敗に終わりましたが」

「……失敗、ですか」


 リーリエの明らかにほっとした表情を眺めながらサイラスは心の内だけで付け加えた。


 そしてその結果、自分は死ぬことになったのだと。

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