04 反王太子派(✦サイラス視点)

 騎士団の詰所でサイラスはまず、信頼できる部下のひとりを残して部屋を追い出した。団長の鬼気迫るようすに圧倒されたようすで、すごすごと騎士たちが出て行ったのを確認してから、保管していた「それ」を懐から取り出した。


「団長、これは――?」


 レベッカはサイラスの手元を覗き込んだ途端、顔色を変えた。


 逆三角形を割る――王太子を弑することを意味する忌まわしい印がつけられた封筒。それを手にした上官を見て、困惑したような顔つきになる。

 近衛騎士の中でもサイラスはリアム王太子からの信頼が厚い立場にあるだけにそれも当然だろう。


 オディール王国にはリアム王太子の他にも数名の王子がいる。まだ幼い彼らを懐柔して、覇権を握ろうとする高位貴族は後を絶たず、反乱の火種がそこかしこに埋もれていた。

 サイラスの実家であるエルドラン侯爵家はかねてより第一王子であったリアム派であり、サイラスを近衛騎士団に入団させたのも間近で殿下を支えよという家の思惑があったからだった。


 それゆえに、サイラスが反王太子派であるとは思わなかっただろうが「何故そんなものをお持ちなのです」と口にしたのはもっともな反応だった。

 無言で手渡すとレベッカは封筒の中身を検分し、呆れたように息を吐いた。


「何も入っていません」

「ああ、そうだな」


 反乱分子の暗号文でも入っていると思ったのがすっかり当てが外れた。レベッカは怜悧な眼を細め、封筒を裏返したり中を覗き込んだりなどしていたが諦めたようにサイラスに返却した。


「これがなんだというんですか」

「……中身が抜き取られているが、反王太子派が表には出せないやりとりをこの封筒を介してした、ということだろうな」

「肝心の中身がないんじゃ、どうしようもないじゃありませんか」


 レベッカは不満げに眉根を寄せる。テーブルの上に置いた封筒に忌まわしいものでも見るような視線を向けた。


「そうでもないさ」

「え……?」


 サイラスは「城下町の図書館の館長が急死したことを知っているか」とレベッカに尋ねた。


「図書館……あの、いったい何のことです?」

「この封筒はその図書館に在ったものだ」


 図書館で蔵書整理の手伝いをしている少女は、リーリエから預かるときにこう聞いたそうだ。


『この封筒を介してラブレターのやりとりをしているみたいだから、棚の整理したあとにこの本の間に挟んでおいてもらえないかな』


 城下町の図書館では閉館して開架の本すべてを点検する日が年に一度ある。そのとき、破れているページを修繕したり、間違った棚に置かれている本を正しい棚に戻したりするらしい。

 その際に、この封筒が見つからないようにしてほしいとリーリエが少女に頼んだという。ちょうどその点検の日に別の仕事を入れてしまったから、と。実際には図書館長の急死により点検が延期となってしまい……この封筒だけが少女の手元にあり続けたようだった。


「……成程、そのリーリエという女が反王太子派の手先だということですね!」

「大外れだ――どうしてそんな発想になる」


 サイラスは人選を間違えたか、と頭が痛くなった。レベッカはクールな印象を周囲に与える顔立ちをしているが、わりと短絡的で直情的なところがあるのだった。


「だって怪しいじゃないですか。この封筒って、ラブレターどころか反王太子派が内密に文書のやり取りをするために使用していたモノでしょう?」

「……リーリエはそんなことをする子じゃない」

「は?」


 いいから、別の可能性を考えろとサイラスはレベッカを促した。不服そうな表情をしていたが上官の命令には逆らえないのだろう。では、と別の可能性を提示してきた。


「そのリーリエ嬢とやらが、まったくの善意で――反王太子派の秘密文書を入れていた封筒をラブレターと勘違いして、同僚に託したとしましょう……そんなお人好しがこの世に存在しているとは到底思えませんが」

「いいから続けて」


 レベッカが渋々といったようすで言葉を続けた。


「誰が、図書館で文書のやり取りをしていたのでしょうか?」

「……おそらく、例の急死した図書館長が関与している」


 館長は病死や事故死ではないようだった。警邏隊の知人に確認したところ、リーリエと同様に夜道で襲われて死んだのだ。強盗に遭ったようで、貴重品を含む所持品がすべて持ち去られていたらしい。未だ犯人は捕まっていないが、見つかったとしてもリーリエを襲った者と似たような末路を辿ることだろう。


「図書館長を務めていたのはアルトマン氏――ガイザー家の縁者だったな」

「……第二王子派ですね。リアム王太子殿下に手出ししようとするなんて、大それたことをするとは思いませんでしたが」


 つまりはこういうことだろう。

 図書館を経由して、反王太子派が怪しげな文書のやりとりを行っていた。その痕跡である封筒を偶然、本の中から見つけてしまったリーリエが――不運にも命を落とした。


「反王太子派は手紙を探していたのかもしれない」

「……どういうことです?」

「とある本を介してやりとりをしていた文書を、件の封筒からが抜き取ったとする。王太子を弑逆する、などと謳った反乱分子の秘密文書だ――立派な脅迫の材料になるだろうな」


 おそらく暗号にでもしてぱっと見た限りではわからないようにしてある筈だ。それでも万が一、そこに関与している貴族の家名などが書かれていた場合、投獄は免れ得ないだろう。


「……館長が裏切って、封筒から手紙を抜き取ったとしたら?」

「所持品を奪われていた、ということからもその可能性はありますね。勿論、強盗に見せかけるという意味もあるでしょうが」


 探してみる価値はありそうですね、と頷いたレベッカを見てやはり人選は間違っていなかったことにサイラスは安堵したのだった。

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