04 不在の重み
あっという間に狩猟大会に向けて、サイラス様とレベッカが出発する日が来てしまった。ジェレミア様と会った日から微妙な緊張感が今日まで続いており、朝晩の挨拶程度でまともな会話などろくにしていなかった。
王都の北東にあるラスグレーンまでは馬で八日ほどかかる。転移魔法でも使えば一瞬で移動できるのだが、高額の費用が掛かることと一度に転移できる人数が数人と限られるため今回の行程では使用を控えるとのことだった。
つまり、狩猟大会の日程は一週間だそうだから……ひと月近く、サイラス様と顔を合わせることがなくなってしまう。そのことをさみしいと思う以上に安堵してしまう自分がいた。
「では、いってきます」
「はい――いってらっしゃいませ」
騎士服姿でレベッカと並んで立つサイラス様をわたしは屋敷の外まで出て見送った。これからふたりは王宮まで行って、大々的な出発のセレモニーが待っている。そこまで見送りに行くことは許してもらえなかった。
心なしかサイラス様の態度も素っ気ないように思えてしまうのは、自分自身が壁を作っているからかもしれなかった。
「リーリエ、くれぐれも屋敷の外には出ないようにお願いします」
「……はい。屋敷の外は危険がいっぱい、ですもんね」
実際怖い目にも遭ってしまっているので、この屋敷が一番安全だというのはよくわかっている。それでも窮屈であることは間違いない。
ふたりを見送ってから屋敷の中に戻ると、急にがらんとしたように感じてしまった。厨房の料理人もいるし、レベッカ不在の穴を埋めるために新しく使用人を雇い入れるなどしたから、屋敷にいる人数的にはさほど変わりはないのにもかかわらずだ。
部屋に戻ると、わたしの机の上に愛らしい青色の小鳥が描かれている封筒が置かれていた。流麗な筆跡で「リーリエへ」と書かれているのを見て、わたしの胸はどくんと震えた。
震える手で封を開けると、封筒とおそろいの青い小鳥の便箋にびっしりと文字が記されていた。
「リーリエ
あなたに最初に書く手紙が謝罪から始まってしまうことを、どうかお許しください。俺がいままで何も説明しないできたことでリーリエはいま不安な気持ちでいることでしょう。申し訳ありません。自分でもどこから話せばよいやらわからないのです。
いずれすべてを話せる機会が来ることを願っていますが、そのことによってあなたが俺の元から離れてしまうのが怖い。そんなふうに考えてしまう俺をあなたは臆病だと笑うでしょうか。
リーリエ、これだけは信じてください。俺はあなたを守りたいのです。そのためには手段を選びません。たとえあなたをこの屋敷に閉じ込めてでも、です。あなたは自分では気づいていないでしょうが、多くの危険に晒されています。くれぐれも気を付けてください。何よりも自分の安全を第一に考えるように。
あなたが無事でいてくれること。それだけが俺の望みです。
サイラス」
読み終えると、わたしはその手紙を折り目に沿って丁寧に畳んで封筒に仕舞った。返事を書こうかと思ってペンを手に取ったが届け先もわからない。それに……いまの自分にはサイラス様に返せる言葉が見つからなかった。
わかりました、ありがとうございます――なんて素直に言えるほど可愛げはなかったが、サイラス様が案じてくれている気持ちは手紙から痛いほど伝わってきて、嬉しくないわけがなかった。
レベッカの代わりに警護を担当することになった、と屋敷を訪ねてきたのはヨナスという名前の男性だった。レベッカは表向きメイドだったのだが、もう隠す気もないようだった。騎士服姿のヨナスがわたしの前に跪く。
「なんなりとお申し付けください。それからご安心を! リーリエ様には指一本触れないと団長に固く誓っておりますので」
「は、はあ……あの、楽にしてください。わたしはたいそうな身分ではないので」
というより本来、王族の警護を担当している騎士様がわたしなんかのところに何故派遣されているのだろう。前々からの疑問について尋ねるとヨナスは笑顔で切り返してきた。
「はいっ、団長の大切な方は我ら騎士団員にとっても大切な方ですので! あと僕は別班……近衛騎士の中でも特殊任務担当なんです。団長命令ならなんだって従います」
「そういうものですか」
ヨナスは童顔だったが、なんとわたしよりも五つも年上だった。おしゃべり好きであったことが幸いして、エルドラン邸にて引きこもり生活を送るわたしの話し相手にもなってくれて助かった。
「レベッカは近衛騎士団の中でも団長の次の実力者なんですよ」
「へえ……そうなんですね」
「しかもあの凛々しい見た目でしょう? 女性からの人気がすごくって、今回の狩猟大会でも王宮からの出発式の前に淑女から何通激励の手紙を受け取っていたことか……羨ましいっ!」
くう、と唸り声をあげるヨナスは年上だというのに弟に接しているかのようでわたしも気楽である。お茶菓子をもぐもぐ頬張りながら、きーっと無邪気に悔しがるのが可愛らしかった。
「サイラス様もたくさん貰っていたのでしょう?」
「それはもうっ……って、婚約者であるリーリエ様にする話ではなかったですね」
「いいんです、わかっているから」
サイラス様が女性に人気があるのは元から知っているし、一緒に生活するようになってからも何度も女性たちに囲まれているのを目にしている。そもそも嫉妬をするような仲と言えるのかも怪しい。
「うわあ、リーリエ様に余計なことを言った、って団長に叱られちゃいます」
青ざめたヨナスを見ながら思わず笑みがこぼれていた。久しぶりに強張った心がほぐれていくのを感じた。
「そういえば、そろそろサイラス様たちがラスグレーンに着く頃かしら」
そんな話題がヨナスとの間で出たのはちょうど出立から八日ほどたった頃のことだった。
「そうですね! きっと道中はなんの危険もなく順調に進んだだろうし、そろそろ狩猟大会も開催されているかと。今回はリアム王太子殿下が同行されているので、近衛騎士団の団員たちも殿下にいいところを見せようと張り切るんじゃないでしょうか」
なんでも今回は王太子殿下が天幕で観戦をし、殿下のもとに最も危険な魔獣を狩って献上した者が優勝、という大会のルールのようだ。
ちなみに前回の討伐数を競う大会ではサイラス様が狩った熊型の魔獣五体が危険度Sランクに格付けされたうえで優勝となったらしい。そんなのを五体も狩るサイラス様っていったい、とわたしは遠い目をした。
「サイラス様のことだから大丈夫だと思うけれど……無事に大会が終わりますように」
手を組み合わせて祈りの仕草を取ると、ヨナスは笑顔で「リーリエ様の願いはきっと届くと思いますよ」と請け合った。
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