03 予期せぬ再会
連れて来られたのはおなじ邸宅街にあるダーレン伯爵家だった。いったいどこに連れ去られてしまうのだろう、と内心怯えていたので拍子抜けしてしまったくらいだ。
馬車を降りて邸内に入ると、先ほどとは立場が逆転したドロシアから淑女らしい歓待を受けた。
「どうぞ、ゆっくりなさって」
「はぁ」
なにがゆっくり、なんだ――いきなり馬車に押し込んでおいて……とは思いながらも表情には出さないでいると、以前お茶会に招待された庭園のテーブルまで案内される。するとそこには先客があった。
「お連れしましたわ」
「ありがとうございます、ドロシア嬢」
にっこりと微笑む青年はわたしに目を留め、「お久しぶりです」と声をかけてきた。その清涼感のある声音とどこか見覚えがあるその顔が頭の中の記憶とぱっと結びつく。
「ジェレミア様……!」
「覚えていてくださったんですね。嬉しいです」
相変わらずの美青年ぶりにたじたじになりながら、わたしは勧められた席に腰を下ろした。「では私はこれで」とドロシアがあっさり去っていってしまって困惑する。どういうことなのだろう――ドロシアはわたしをわざわざ自宅に(強引に)招待しておいて同席もしないとは。しきりに瞬きを繰り返すわたしを前にジェレミア様はおかしそうに口元を緩めた。
「もう一度、私がリーリエ嬢にお会いしたくてドロシア嬢にご協力いただいたんですよ」
「わたしに……?」
何故、という疑問符が頭に浮かぶ。ジェレミア様とは王宮夜会で二言三言話したきりであるし、それほど親しくなったという実感もない。一度ダンスを踊ったきりの相手に何の用件だろう。
「そんなに警戒しないで。貴女とお友達になりたかっただけですから」
「そ、そうですか……」
同性の友達すら皆無のわたしにとって、異性の友達などさらにハードルが高い。大体何を話して良いかもわからず曖昧に微笑むことしかできなかった。すぐ近くにお茶を給仕してくれたメイドがいるが、どうしようと助けを求めても当然のように反応はない。
「リーリエ嬢は、エルドラン卿とご婚約なされているのでしたよね」
「えっ、ええ、まあそんなところです」
ちなみに現在、同居までしているのだが――そこまで彼に話したものかと悩んでしまう。それにしても会話のネタがなさすぎる。やはり共通の知人(サイラス様)で繋ぐしかないだろうか。
「さ、サイラス様がよくしてくださるので……わたしは幸せ者ですね」
言いながらぎしりと胸が軋む。
サイラス様は確かに優しい(ほぼ監禁生活だけれど)。けれど、あの行き過ぎた愛情の裏にあるのかもしれない思惑を、わたしは知らない――想像もつかないのだ。注がれる熱い眼差しに嘘いつわりはないと思ってはいたけれど、それはわたしの間抜けな勘違いなのかもしれなかった。
『リーリエ!』
城下町で襲われたとき、必死の形相でわたしを守ってくれたサイラス様を信じたいのに……彼の見えない部分が多すぎて不安になってしまう。これは贅沢な悩みなのだろうか。
「本当にそうでしょうか」
物思いにふけっているところでジェレミア様からちょうどタイミングよく声をかけられ、ハッとした。
「何か困っていることがあるのではありませんか。そうでなければそんな憂い顔を、可憐な貴女が私などに見せるはずがない」
「ジェレミア様……?」
「もし、よろしければ貴女を慰める権利を私に与えてはもらえませんか?」
甘い囁きについ頑なな心がほどけそうになる。胸の内を吐露出来たらどれほど楽だろう。でもそんなことをしてしまえば、自分がサイラス様を心の中では信じ切れていないことを認めてしまうようで怖かった。
「あの、ジェレミア様……わたし、は」
口を開きかけたところで、ざっと背後に誰かが立つ気配がした。
「――ジェレミア・ロレル。俺の
張り詰めた声音に胸がぎゅっと縮むようだった。
おそるおそる振り返ると、サイラス様がわたしを庇うように椅子の背に手を置いて立っていた。ひっと小さな悲鳴が自らの喉から漏れるのをわたしは抑えることができなかった。
「おや、エルドラン卿――いいところで邪魔が入ってしまったな」
サイラス様はジェレミア様を無視してわたしを椅子から立たせると、いつになく強い力でぐいと手を引いた。礼儀正しい彼らしくなく、ろくに挨拶もしないでその場を離れようとしていた。
「リーリエ嬢」
爽やかな声音が背中にぶつかり、振り向くとジェレミア様がひらひらと手を振っていた。軽く頭を下げようとすると、足が縺れて転びそうになった。それでもサイラス様は歩みを止めようとはしなかった。
待たせておいた馬車に乗り込むなり、サイラス様は深いため息を吐いた。
「レベッカから聞きました。あなたには隙が多すぎる」
「あ、あれは……無理やり連れ去られたようなもので!」
そもそもレベッカが席を外さなければそんな隙も生まれなかったのではないか。そんな考えが頭をよぎったが咄嗟に言葉が出て来ずにわたしは唇をきつく噛みしめた。するりと伸びてきた手がわたしの顎を掴んで仰のかせた。
「リーリエ」
碧い眸と視線が絡み合う。なんとなく先に視線を逸らした方が負けな気がして、じっと見つめ返す。
気まずそうに視線を外したのは、サイラス様が先だった。
「もう二度と、ジェレミア様とかかわりは持たないでください」
「……どうしてですか」
「どうしても、です。聞き分けてください」
はっきりと強い口調で言い切って、もうこの話は終いだとばかりにサイラス様は口をつぐむ。
「……嫉妬、だけではないですよね」
ぼそりと呟いたわたしの声にサイラス様は何も反応を返さなかった。
「何か事情があるというのなら……話してくれれば、わたしにだって何か出来ることが!」
「あなたは何もしないでください。ただおとなしく、待っていて――それが一番なんです」
「……っ!」
サイラス様の言葉にわたしは思いがけず、ひどく打ちのめされていた。
役立たずで、かえってわたしが動くことがサイラス様にとって邪魔になると言われたに等しいことに気付いてしまったのだ。
「そう、ですか」
サイラス様は何も言わなかった。それこそが答えのように思われた。
それきり言葉をかわさずに、屋敷に到着しても黙ったままそれぞれの部屋に戻ったのだった。
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