02 秘密の手紙と訪問者

「そういえばあの手紙……一体なんだったんだろう?」


 血相を変えたレベッカに押し切られるようにして帰宅したが、詳細を何も話してはもらえなかった。結局あの封筒を持ってきてしまったようだし、と考えているうちにドアをノックする音が聞こえた。


「失礼いたします。リーリエ様、少しお話があるのですが」

「は、はいっ!」

 

 レベッカは騎士服を脱いでメイド姿になっていたが――その表情は硬く、思わずわたしも姿勢を正した。

 お座りください、とわたしを椅子に座らせるとその前にレベッカが立った。


「なんだか事情聴取みたいですね……」

「事情聴取ですので」

「えっ」


 耳を疑ったわたしの前にレベッカは図書館で見つけた手紙、もとい中身の入っていない封筒を差し出した。


「これを見つけたとき、中身は見なかったのですね」

「はい……それが何か?」

「この印を知っていますか?」


 封筒の隅にペンで書かれた「逆三角形を縦線で半分に割るような印」に目を凝らし、わたしは首を横に振った。なんだろうこれ。


「この三角は王太子、縦線は滅するを意味します――すなわちこの印は反王太子派が使用しているものなのです」

「反……王太子?」

「ちっ、だから団長は貧乏令嬢に懸想している振りを……?」


 レベッカの舌打ちにびくっとしながら、わたしはその言葉の意味を考えた。

 団長というのはサイラス様のことだろう。貧乏令嬢というのが、間違いなくわたしである。懸想している振り――? どういうことなのかレベッカに訪ねようとしたときに、玄関でドアノッカーが鳴らされたのだった。



「リーリエ嬢、ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう。ドロシア様……」


 オディール王国の貴族社会では事前の訪問の約束なく訪れるのは、よほど親しい仲である場合を除きマナー違反とされている。応接室でわたしが突然のお客様と対峙しているとき、レベッカがものすごい圧を発しながら壁際に起立していた。

 ドロシアのお相手はサイラス様がいない以上、わたしひとりで努めなければならない。気を張ってはいるが、慣れない来客対応に肩が凝りそうだった。

 給仕してもらったお茶を飲みながら「どこの茶葉を使っていらっしゃるの?」という難問にたじたじになっていると、ドロシアがちら、とレベッカを見遣った。


「リーリエ嬢。この使用人、下がらせてくださらない? 先ほどから目つきが鋭くて不快なのですけれど」

「も、申し訳ありません。ですがレベッカには悪気はなくて……」


 わたしはむすっとした表情を崩さないレベッカと、ふんと鼻を鳴らしたドロシアの板挟みになる。すると「リーリエ様」とレベッカが声をかけてきた。


「厨房のようすを見てまいります。お客様とどうぞごゆっくり」


 深く一礼をすると、レベッカは応接室を出て行ってしまった。気分を害したのかもしれない。

 そして部屋の中にはドロシアとドロシアが連れてきた侍女、それからわたしの三人になってしまった。ドアが閉まってから数拍続いた気まずい沈黙を打ち破ったのは、ドロシアだった。甲高い声で叫ぶ。


「リーリエ嬢、ひどいですわ! きっと大親友の私をエルドラン邸にご招待いただけると信じていましたのよ」

「大親友……?」

 

 いったいどこのリーリエ・ヴェルファとドロシア・ダーレンの話をしているのだろう。人違いではなかろうか。呆気に取られているとドロシアは「此処があのサイラス・エルドラン卿の私邸ですのね」とうっとりした表情で手を組み合わせた。


「えっと、ドロシア嬢……ご用件はいったい」

「そうですわ! リーリエ嬢に会わせたい方がいるんですの。これからお時間はあって? ちょっとお出かけしましょうよ!」

「あの……実はわたし、サイラス様の許可を得ないと外出が出来ない決まりがありまして」


 近頃は許可が下りやすくなっている感はあるが、そもそもわたしは監禁に近い状況なのだ。家主がいいと言わなければちょっとしたお出かけもままならない。


「まあ……愛されていらっしゃるのね?」


 ひくりとドロシアの頬が引きつった。さすがに引いたのだろうか、サイラス様の奇行に。

 そのときふと先ほどのレベッカの言葉が胸に引っかかった。


『懸想している振り……』


 いつだって冷ややかなレベッカの声が頭の中で反響し、ちくりと胸を小さな針が刺す。

 サイラス様は本当に、わたしに恋をしているのだろうか。

 いまさらながら疑わしく思えてしまった。


 ただ、そう思わせた方が都合が良いからそう振る舞っているという可能性も否定できない――か? 大体、拉致監禁など「愛情」ゆえにしては度が過ぎているじゃないか。


 もし、そうだとしたら……わたしひとりが舞い上がってしまっていて馬鹿みたいだ。朝まではサイラス様のことを考えると胸がどきどきしてどうしようもなかったのに、いまは別の意味で冷や汗が出て動悸がしてきた。


「リーリエ嬢? 私の話聞いていましたか?」

「えっ、ああ、ごめんなさい……なんでしたっけ」


 物思いにふけり、お客様のことを放っておくなんて淑女のマナーとしては最悪の部類に入るだろう。これでは事前連絡なしで訪問したドロシアを責めることもできない。


「リーリエ嬢、ひとまずそちらにお立ちになってくださる?」

「は、はい……?」


 もはやドロシアがこの屋敷の女主人のようだ。

 すると置物のように黙ってソファに座っていた侍女がわたしの背後に回るといきなりドレスを脱がせ始めた。


「ぎゃあ、な、なんですかっいきなり!」


 淑女らしからぬ悲鳴を上げてしまったわたしに構うことなく侍女はわたしを下着姿に剝いてしまった。あまりの暴挙に茫然としていると、侍女は自らの服をも脱ぎはじめたのだった。


「何、いったい何が起きているの……?」

侍女マリィの服を着て帽子でも被れば、あの目つきの悪いメイドも気づかないでしょう? 我ながらいい考えですわ!」


 どうやらドロシアはわたしと侍女の服装交換を試みているようだった。侍女が脱いだドレスを手早く着せられ、花飾りのついた帽子を強引にかぶせられた。


「ちょっと待ってください、わたし行くとは言ってな……っ!」


 強引に手を引かれ、逃げるように玄関ホールを駆け抜けると待たせてあった馬車に押し込まれた。背後でレベッカがわたしを呼ぶ声がする。

 なんとかドロシアの手を振りほどくが、もう遅い。


 どうしよう――走り出した馬車の中でわたしは途方に暮れていた。

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