#14 The others part 2.1 ~勇者の目覚め~

 辺り一面に、邪悪な魔力に満ちていた。


 自分はなぜこんな場所にいるのだろうか。ここはどこなのだろうか。


 そもそも、自分は何者なのだろう。


 水面のように透明な地面に、少女が映っていた。十代半ばの、髪をサイドポニーにした少女だ。自分の頬を触れると、地面の少女も同様に頬を触る。


 そのことから、この少女が自分の姿なのだと理解した。

 同時に、自身のことを徐々に思い出していく。


 自分の名前は、桐ヶ谷悠貴きりがやゆうき


 つい最近まで、どこにでもいる普通の女子高生だった。


 ある日の学校帰りに、車に撥ねられそうな猫を助け、代わりに自分が轢かれた。

 その結果、異世界に魔王を倒す勇者として転生し――。


 魔王との死闘の果て、最終的に自分の体の中に魔王を取り込み、自分ごと封印して目覚めることがない眠りについた。


 ――はずだった。


 けれど、今、自分にはこうして意識がある。

 肉体の方は、魔王の封印後にクリスタルになったはずだから、現在の自分は精神体のようなものだと推測する。


 とすると、ここは自分の精神世界のようなもので、辺りに満ちている邪悪な魔力は形こそ保っていないものの、魔王そのものと言ったところだろうか。


 自分の状況を少しずつ整理していく。

 確かなことが一つだけ分かった。


 この現状が最悪だということだ。


 今日までは、自我がなかった。だからこそ、魔王を封じてからずっと――どれくらいの時間がたったのかはわからないけれど――独りでも問題なかった。


 けれど、桐ヶ谷悠貴としての人格が戻ってしまった。そんな状態でここで永遠を過ごすなんて、絶対に耐えられない。


「二十年ぶりに目覚めた気分はどう?」


 ふと、背後から声が聞こえた。


 悠貴は驚いた。この場所に自分以外の誰かがいる訳がないからだ。


 振り向くと、角が生えた獣の骨を被った女がいた。紫を基調にして端々に金の装飾を施したローブをまとっている。


 その女からは、勇者として魔王と対峙したことがある悠貴ですら気圧されてしまう禍々しい気配が漂っていた。全身の毛穴がぞわりと開くような感覚に襲われた。


 悠貴を見つめながら、女は口元を歪ませる。


「あなたとお話しする前に、この鬱陶しい魔力の塊は片づけちゃいましょうか」


 女が手をかざすと、魔王の魔力が瞬く間に女に取り込まれていった。


「これでゆっくりお喋りできるわね」


「なっ……⁉」


 いとも簡単に魔王の力を吸収した上、何の変調もきたしていない女に、悠貴は呆然とした。

 そんな悠貴の頬へ、女の手が伸びる。


「触らないで」


 悠貴はとっさに、それを払いのけて。


「あなたは何者? こんなところに来て、一体何が目的なの? 魔王の力?」


 どこからともなく剣を召喚して構える。


 ローブの女が一瞬のうちに、悠貴の背後に移動した。

 即座に振られた悠貴の剣を片手で軽々受け止めながら、女は悠貴にささやいた。


「魔王の力なんて用はないわ。ほしいのはあなた」


「……どういうこと?」


 訝しむ悠貴の疑問には答えず、女は別の質問を返す。


「ところで、今のこの状況は、本当にあなたが望んだこと? 自らを犠牲に魔王を封印して、永遠の孤独に生きることが?」


 女の声に、悠貴は背筋をぞくりとさせた。

 頭の中にするすると入りこみ、思わず感情を揺さぶられる程に魅惑的だった。


「したいことは他になかったの? 行きたい場所は? 魔王なんて放っておいて、やりたいように行動すれば良かったじゃない」


「……私だって、そうしたかったよ!」


 心の奥底に留めていた想いが耳元からの言葉に押し出された。


「でも、私は勇者だったから! 勇者に期待されていることをしないといけなかったから! 私だって、こんな風にサラちゃんやみんなと別れたくなかった! 独りになんて……」


 そこで悠貴の言葉が止まる。

 女が、いつの間にか悠貴を抱きしめていた。


「何のつもり……?」


「あなたをここから解放してあげようと思って」


 女が少しずつ、悠貴の体に溶け込んでいく。


「や、やめっ……」


「――だから、あなたの肉体を貸してくれる?」

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