#15 The others part 2.2 ~師匠からの呼び出し~

 ソムニア魔導院。


 街の一角にあるこの学院は、国随一の魔法学校であり、また、魔法の研究機関としても名高い。


 そのため、ここは魔法を学ぼうとする学生たちが各地から集まっている。それらの若いエネルギーは力強い活気を学内に生み出している。


 サラは通りがけにそれを肌で感じつつ、学院長の執務室までやってきていた。


「ワタシだ。なんだい、緊急の話って」


 無駄に豪華な装飾が施されている扉をノックもせずに開けて、中に入る。

 静まり返った部屋の中央で、口に棒付きキャンディを加えた少女が座っていた。


「待っていたよー、サラー。元気そうで安心したよー」


 名をヴィルヘルミナ・アウルム。この学院の学院長であり、このソムニアの地を治める領主でもあり、そしてサラの魔法の師匠でもある。


 ボサボサの長髪に、気の抜けただるそうな声。どことなく色素の薄い瞳と肌に、幼女のような顔と背丈。

 一見、国随一の魔法学校の長には見えないが、それは彼女がエルフのためであり、実年齢は五百歳をこえている大魔法使いなのだ。


「もっとも少しばかり元気すぎるみたいだけどー。あなた、いろんな女の子にセクハラしてるんだってー? その噂のせいであなたには人がほとんど寄り付かないそうじゃないかー」


「それでいいのさ。元勇者パーティーっていう肩書のせいで、引きこもっているだけでも厄介なのがいろいろ近づいてきて面倒だったからね。向こうから避けてくれる方がありがたい。それより、用件は?」


「……ああ、そうだったねー。じゃあ、早速本題に入らせてもらうよー。ずばり、サラに依頼があるんだよー」


「ワタシに? 悪いけど、ワタシはもう冒険者をやめて、街の魔道具屋さんになったんだ。そういうのは、冒険者ギルドに頼んでくれたまえ。『神の眼』、『ネームド・ベルセルク』、『アーチャー』、『銀盾の勇者』……一級冒険者達なら、師匠の目にかなう人材はいろいろいるだろう」


「確かにあなたのいう通りかもしれないけど、あの子達は出払っているからねー。名をあげる度に、あの子たちも日に日に忙しくなっているからさー」


 それに、とヴィルヘルミナが続ける。


「サラには申し訳ないけど、この件では何が起こるかわからないからさー」


「……なるほど」


 今、名をあげられた者たちは全員ギフトを持ち、かつての転生勇者に匹敵する実力があると称されているとはいえ、十代半ばの少女たちだ。


 危険度が測れないことを、未来ある少女たちにはやらせたくない。

 つまりはそういうことなのだろう。その辺りも昔と変わっていなくて、サラは感心した。


 魔王と戦っていた頃、勇者パーティーは全員十代半ばだった。あの時も勇者パーティーのことをヴィルヘルミナは心配してくれていた。


「師匠の気持ちはわかるけれど、アレッタを放っておくわけにはいかないのでね。代わりを探してあげるから、少し時間をくれたまえ」


 これで話は済んだと、部屋を出て行こうとするサラを、「ちょっと、待ちなよー」とヴィルヘルミナが呼び止める。


「この依頼は、かつての勇者に関するものでねー。そういう意味でも、あなたはこの件を受けるべきじゃないかなー?」


「……どういうことだい?」


 途端に、サラは足を止めた。

 かつての勇者――悠貴――に関係すると口にされてしまえば、サラは耳を傾けざるを得なかった。


 サラにとって、悠貴は特別な相手だったからだ。


「詳しく聞かせたまえ」


「ついさっきまでその気が無かった人間とは思えないねー」


 咥えていたキャンディをバリバリと噛み砕き、ヴィルヘルミナは話し出す。


「二十年前、あなたたちは魔王軍と戦い、最終的には勇者……悠貴が古代魔法の奥義を使って自分の体の中に魔王を封じ込めることで、この世界を魔王の危機から救ってくれた。その後、悠貴は自らをクリスタルに変え、洞窟の奥底で眠りに着いた」


 当時の事を思い返し、サラは拳を強く握りしめた。あの時の自分にもっと力があれば、今でも悠貴は自分のそばにいたかもしれない。そう考えると、自身の無力さに怒りがふつふつと湧き上がってくる。


「……それで? その話が今回の件と関係あるのかい?」


「うん。あなたには、悠貴が封印されている洞窟に異変がないか調査してきてほしいんだよー。場所はわかるでしょー?」


「もちろん。あそこの入り口を封じたのは、他でもないワタシだからね……でも、なんでそんなことを? まさか、問題が起きたのか?」


「それはわからない。けれど、あの洞窟で正体不明の巨大な魔力の反応があってねー。新たな転生勇者も来ているようだし、念の為、調べておきたくてねー」


「事情はわかった。しかし、さすが師匠だな。すでにひかり君……新勇者の存在を掴んでいるのか」


「転生勇者がこの世界に降り立つときにも大きな魔力反応があるからねー。名前を知っているということは、サラはもう会ったんだねー」


「ああ……っと、今はそれよりも悠貴の洞窟の件だな。早速向かう。でも、その前にひとつ頼みがあるんだが」


「んー? 何ー?」


「ワタシが調査に行くことをアレッタに伝えておいてくれないか。あの子には、少し出かけてくるとしか言っていないから」


「そんなのお安い御用さー」


「助かるよ」


 アレッタには悪いと思いつつ、サラは即座に出発することにした。


 魔王の封印のため、悠貴は自らを犠牲にしたのだ。

 もしそれを冒涜するような者がいたら、絶対に許さない。


 そういう存在がいるのなら、すぐにでもこの手で止めなくては……。


 サラはそんな想いを胸に、悠貴が封印されている洞窟へ向かうのだった。

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