#12 シエル part 2.4 ~クエスト選択~
「どうです? 似合ってますか?」
「まあ、いいんじゃない」
朝食後、着替え終えるなり、目を細くして無邪気にニコニコとほほ笑みかけてくるひかりから顔を背けて私は答えた。そうでもしないと、ひかりのペースに引き込まれてしまいそうだったからだ。
「本当にこれをもらっていいんですか?」
「うん。私はほとんど着てないやつだし」
「ありがとうございます! せっかくのファンタジー世界ですから、いつまでも病院着姿のままというのもなって思っていたんです」
ひかりは上機嫌で身につけているマントをひらひらとはためかせる。
昨夜に貸した部屋着から、マント付きの小綺麗な青い衣装に着替えていた。
くたびれた緑色の服しか持っていないとひかりが言うので、自分があまり着ていないものを分けてあげたのだ。
「それじゃあ、準備が済んだら冒険者ギルドに行こうか」
ひかりの冒険者登録と依頼を受注するため、私たちは冒険者ギルドに向かった。
冒険者たちが多いと、昨日のように囲まれてしまい、落ち着いて手続きが出来ない。そのため、自分たち以外の冒険者が来る前に用を足せるように、早めの時間に家を出た。
ギルドの建物が近づいたところで、私は仮面を被り、自己暗示をかけ『仮面のシエル』に「変身」する。
それから、ひかりと一緒にギルド内に入った。
狙い通り、他の冒険者はまだ誰もいない。
「いらっしゃいませ、シエルさん。今日のご用件は?」
受付にいた女性が愛想のいい笑顔で応対してくれた。
「この子の冒険者登録をしたいんだけど……」
「かしこまりました。……それでは、そちらの方、こちらに手をかざしてください」
女性は一枚のカードをひかりの前に差し出した。このカードに持ち主の魔力を読み込ませることで冒険者証を作るのだ。
促されるまま、ひかりがカードに触れる。表面でいくつもの小さな魔法陣が明滅した。
「現在、ひかりさんの情報や能力を計測していますので、少々お待ちください」
やがて、カードに展開されていた魔法陣が消える。測定が終わったようだ。
「これで冒険者登録は……って、なんですか、この数値……。全ての能力が文字化けしています……。今まで一度もこんなことはなかったのに……。あなたは一体何者なんですか……?」
出来上がったひかりの冒険者カードを目にした受付の女性が驚きの声を上げた。
そんなイレギュラーを起こすなんて……ひかりが転生勇者であることにはまだ半信半疑だったけれど、本当に転生勇者なのかもしれない。
「測定不能……。わたし、もしかして冒険者になれないんですか?」
ひかりは残念そうに肩を落とす。
「いえ、能力値が読めないだけで、それ以外の個人情報はきちんと見られますし……他の機能も問題なく使えそうなので、冒険者登録は行えます。ただ、文字化けなんて前例がないことでして……原因を調べるまでお時間をいただくことになるので、しばらく能力の確認ができず、冒険者の等級も一番下の四級になってしまうのですが……」
「等級って?」
「冒険者には実力に応じた階級があり、上位になればなるほど、国やギルドからのさまざまな支援を受けられたりや特別な権限が与えられたりします。四級ですとそういったものが何もなくて……」
「なるほど……別に構いません。冒険者になれるのなら、大丈夫です」
変則的なことはあったものの、無事にひかりの冒険者登録は済んだ。次は受注する依頼決めだ。
「さてと。どの依頼にしようか」
「そうですね……わたしの初めてのクエストですし……」
依頼書が貼ってある掲示板に目を通す。
モタモタしていると、次々に冒険者たちが来てしまう。そうなると面倒だ。
とりあえず手近なものを数枚手に取ってみる。
『ペットのヘルジャッカルの世話代行。期間応相談。暴れるヘルジャッカルを素手で大人しくさせられる自信がある方のみ。※魔法の使用も不可。一日、報酬二万』
『防具素材アイアンバイソンの皮二十枚納品。報酬五十万』
報酬は良さそうだけれど……。
ヘルジャッカルは普通の狼より大きくて素早い上に凶暴な犬型の魔物だ。武器なしでどうにかできる人なんて、相当の実力を持った格闘家くらいのものだろう。仮面をつけている私でも、さすがに武器も魔法もなしでは、餌になって終わりだ。
というか、そんな魔物をペットにしているとか、どんな趣味しているのだろう。
アイアンバイソンはそもそも今日中に逢いにいくのが無理だ。この街から遠く離れたどこだかの遺跡の周辺に生息している。それに、そこには熟練の冒険者でも油断ならないような魔物もウヨウヨいると聞く。そんな所に、能力が一切わからないひかりを連れて行くわけにはいかない。リスキーすぎる。
私はそれらを元の場所に貼り直し、もう少し難易度が低そうな依頼がないかと、さらに掲示板を見る。
と、そこへひかりが一枚の紙を持って声をかけてきた。
「これなんてどうですか?」
「ん? どれ……」
私はひかりが差し出してきた依頼書を手に取る。
『廃城に棲みついたグリーンドラゴンの討伐。私の村の近所にある廃城に危険な毒を撒き散らすグリーンドラゴンが棲みついてしまいました。いつか暴れて大きな被害を受けるかも知れないので、早急に討伐をお願いします。報酬五百万』
「いやいやいやいや。初めてでこれは無理でしょ」
「でも、なんかこのクエスト、いかにも勇者っぽくないですか? 困っている人のためにドラゴン退治なんて、いかにもって感じじゃないですか。それに報酬もいいですし。五百万ですよ! 五百万!」
「ひかりはまずどうしてこれがこんなに報酬がいいのかよく考えてみようか」
「それは……まあ、危険だからですかね」
「はい、正解。だから却下。ドラゴンの討伐に、能力がまったくわからない状態のひかりを連れていくわけにはいかないよ」
私は以前ドラゴンを倒した経験はあるけれど、結構ギリギリだった。他人を気にしながら戦える程、甘い相手ではない。
ひかりは強力な魔法を使える転生勇者だし、私が守らずとも一切問題ない、という可能性は十分にある。
けれど、ひかりが依頼をこなすのは今回が初だ。やはり、いきなりドラゴン退治なんて高難易度なモノはさせるべきではないだろう。
そんな事を思いながら、掲示板に視線を戻す。
『落とした形見の回収。ダンジョンを探索中に祖母の形見を落としっちまった。俺じゃ、奥にいる魔物に勝てねえ。誰か行って拾ってきてくれ。報酬三千』
「あ、これとか良さそう。報酬は宿屋の宿泊費一日分くらいしかないけど、難易度的にはちょうどいいと思う」
私がその依頼書を剥がすと、ひかりが私の手元を覗き込んで来た。
「……なるほど。ありがちなおつかいクエストみたいですね」
「まあ、初の依頼だし、これくらいの難易度がいいでしょ」
仮面さえつけていれば、私は大抵の魔物には負けない自信がある。それでも、魔物との戦闘は命懸けだ。昨日みたいなアクシデントがないとも限らない。本当は出来ることなら戦わないに越したことはないのだ。
この依頼は必ずしも魔物を倒す必要がないのが魅力的だ。
「じゃあ、これを受けようか」
ひかりはこくりと頷き、
「わたしの初クエスト……頑張ります」
そうにっこりとほほ笑んだ。
その笑顔が、私は妙に愛らしく感じてしまった。やはり、早いところ依頼を終わらせて、ひかりと別れなければ……何かが取り返しのつかないことになる前に。
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