#11 シエル part 2.3 ~いつもと違う朝~
「待って! 行かないで!」
叫びとともに、ガバッと体を起こす。
どこからともなく聞こえてきた鳥のさえずりで、夜が明けたことを悟る。
ゆっくりと息を吐き出し、顔を横に向けると、窓から眩しい光が注がれていた。
その朝日を浴びて、大欠伸を一つする。
脳に酸素が取り込まれ、頭が冴てきた。
いつもと同様、悪夢からの目覚めだから、寝覚めは悪いけれど。
そんな、普段通りの朝。
一個だけ、違う事があった。
持ち主がいなくなってからここ数年使われていなかったベッドの上に、私の部屋着姿で寝ている、異世界からやって来たという少女がいる。
その少女ことひかりは、まだすやすやと安らかな寝息を立てていた。
起こさないよう静かに台所へと足を運び、朝食の準備を始める。
普段は夕飯を多めに作って、その一部を朝食に回している。けれど、昨日はひかりを連れてきて一緒に夕食を食べたため、朝食分が残らなかった。今からまた調理しなくてはならない。
メニューはもちろんカレーだ。私はそれしかできないのだから。
ひかりはこれで三食連続のカレーとなる訳だけれど……まあ、仕方ないか。我慢してもらおう。結構カレーは好きって言っていたし、大丈夫だろう。
米を洗い、鍋の中に入れる。そこへ【ウォータ】の魔法で水を加え、ふたをして【ファイア】で点火する。米を炊くのは火加減の調整がすごく面倒だ。弱すぎると芯が残って硬いままだし、強すぎると焦げる。どこかに簡単に米を炊いてくれる魔道具でもあればいいのに。
なんて考えながら、米を炊いている鍋の横でカレー作りを始める。
ふと、ベッドを見やる。そこには穏やかに眠るひかりの姿。ずっと眺めていたくなるような愛おしさが湧いてくる。
少し頬が緩んでしまったことに気づき、私はかぶりを振る。ひかりとの距離はこれ以上近づかないようにしなくてはならない。こんな事をしていたら心が揺らいでしまう。
大切な誰かを失って絶望する。もう二度とそんな思いはしたくないのだ。
ひかりから意識を逸らすように、朝食作りに集中する。
しばらくして、ご飯の鍋からバチバチと音が聞こえてきたので火を止める。あとは十分くらい蒸らせば炊き上がりだ。カレーの方はといえば、グツグツと煮えたぎりながら、スパイスの香りを部屋中に撒き散らしていた。こちらもあと数分で出来上がりといったところ。
と、そこへ。
「おはようございます」
ひかりが起きてきた。凪いでいるような笑みを浮かべている。私はカレー鍋をかき混ぜながら、あいさつを返した。
「ん、おはよう。えっと……もうすぐ朝ごはんだから」
「やっぱりそうですか。美味しそうな匂いがしていましたから」
程なくして、ご飯が蒸らし終わる。朝食の完成だ。
ご飯の鍋のふたを開けると、部屋を包んでいたカレーの香りに、炊き立てのふわっとした甘い香りが合わさって、食欲を刺激する。ひかりのおなかがくぅと鳴いた。
二人分のカレーライスを皿によそって、それを机の上に載せる。
「よし。じゃあ、食べようか」
「はい! いただきます!」
ひかりは手を合わせて、昨日同様すごい速さでカレーを口にかき込んでいく。その光景に口元を緩ませつつ、私もカレーを食べ始める。
「お鍋でご飯を炊くとこんなに甘みが出るんですね。カレーにぴったりです」
「それが普通でしょ。ひかりの世界では違ったの?」
「ええ。基本的に炊飯器っていうものを使ってますね。お米と水を入れてボタンを押して放っておけば、自動的にお米が炊けるんです」
「何それ欲しい」
ついさっき私があったらいいのにと思っていた道具が、ひかりの世界では普及しているらしい。羨ましい限りだ。毎日、鍋で米を炊くのは本当に面倒なのだ。
……そんなことよりだ。
「今日はひかりにギルドからの依頼を受けてもらうから」
「いわゆるクエストってやつですね! わかりました……って、わたしだけでですか?」
「いや、今回は私も一緒」
ひかりをここに置いておくのは一晩だけだ。とはいえ、このまま追い出されても、どうしていいかわからずに困ってしまうだろう。だからせめて、この世界でやっていくために必要なことくらいは教えておかなくては。
これくらいなら、ひかりに近づき過ぎということもないはずだ……多分。
「良かったです。いきなり一人というのはちょっと不安だったので」
「まあ、最初はね。でも、明日からは自分一人でどうにかしないとなんだからね」
「え? ……あ、そっか。そうですよね。そういう約束でしたもんね……」
ひかりは少し寂しげに目をしぼませた。そんな顔をするのはやめてほしい。私の心に迷いが混ざってしまう。
けれど、ひかりはすぐに表情を切り替えて。
「初めてのクエスト頑張ります。……あの、お代わりありますか?」
二杯目のカレーを求めてきた。
「……ひかりって、見た目によらず結構たくさん食べるよね」
「今のわたしは、いっぱい食べられますから。それが嬉しくて仕方がないんですよ……って、また湿っぽくなっちゃうところでした。さあ、カレーを!」
「ん」
短い息を一つついて、私はカレーを盛りにいった。
これがひかりと一緒にする最後の食事だと思うと、なんだか名残惜しい。
――後悔だけはしないようにしたまえよ、シエル君。
ふと脳裏に、昨日サラさんに言われた言葉が浮かんだ。
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