#4 シエル part 1.2 ~自称・勇者の話~

「こうして、わたしは前の世界で病死したあと、勇者としてこの世界に転生してきたんです」


 ひかりさんはカレーを口に運びながら、こともなげにそう言った。


「つまり、転生勇者ってこと? ……うーん……」


 私は思わず頭を抱えた。どうしよう。ひかりさんはちょっとヤバい子なのかも。

 命を救ってくれた恩人とはいえ、一緒に連れてきたのは失敗だったかもしれない。


 あの後、動けなくなったひかりさんを背負い、私はサブリサイドに戻ってきた。

 街に着いたところで目を覚ましたひかりさんはおなかを空かせていた。そこで助けてくれたお礼もかねて食事を奢るべく、ひかりさんと近くの食堂に来たのだ。


 そして、話の流れでひかりさんの身の上を尋ねて、今に至る。


「……ひかりさんって……イタイ子だったりする?」


「その反応は分かりますけど、本当なんですってば」


 転生勇者。世界に危機が訪れると、悪を討ち、世界に平和をもたらす使命を持って神によって遣わされる者。最後に現れたのは二十年前、魔王によって世界が滅ぼされかけた時だと聞いている。


 そんな存在をひかりさんは自称している。


 確かに、私は見たこともない強力な魔法を放ち、あっという間にスカルスパイダーを爆散せしめたひかりさんの姿を先ほど目にした。


 けれど、それだけでひかりさんが転生勇者であるとは言い切れないだろう。ちょっと強いイタイ子である可能性も捨てきれない。

 懐疑的な視線を送る私に、ひかりさんは少し困ったようにほほ笑む。


「まあ、急に異世界から来た勇者です、なんて信じられないのも無理ないですよね。というか、わたし自身、これから自分がルミナス☆リリィに変身して、勇者としてこの世界を守っていくっていうのが嘘みたいだと思いますもん」


「ルミナス☆リリィ?」


 耳慣れない単語に、私は首をかしげた。


「魔法少女ルミナス☆リリィ。先程の白い姿のことです。あれは、わたしが前にいた世界で特に好きだったアニメの主人公にそっくりなんですよ。点滴中は暇でよく観てて……あ、お代わりもらっていいですか?」


 いつの間にか、ひかりさんはカレーを食べ終わっていた。

 私の答えも聞かないうちに、ひかりさんは二杯目のカレーを注文する。確かに奢るとは言ってあるけれど……この子には遠慮というものがないのだろうか。


「いやー、こっちの世界にもカレーってあるんですね」


「カレーなんて珍しいものでもないような気がするけど」


「そうですかね。わたしの中では、異世界にカレーがあるのは少しイメージが違うんですよね……」


 と、店員がお代わりのカレーを持ってきた。机の上に置かれるなり、ひかりさんは即座に口に運びだす。


「うんうん。やっぱり味の濃いものっていいですね。わたし、ここ数年、薄味のものばかりだったので」


「へえ」


「まあ、それも美味しくない訳ではないんですけど、何か物足りなさを感じまして……。あ、デザート! デザートも頼んでいいですか?」


 私の返事も待たずに、ひかりさんはまたも店員を呼んだ。注文したのはプリン・ア・ラ・モード。程なくしてそれがやってくると、ひかりさんは目を輝かせた。


「これがプリン・ア・ラ・モード! わたし、カッププリンしか食べたことなくって。ほら、見てください。プリンを囲むように色取り取りのフルーツ! これが映えってやつですか……。あ、せっかくなので、シエルちゃんも一口どうぞ」


 プリンを一口分スプーンに乗せて、ニコニコしながら、こちらに差し出して来た。

 私は少し躊躇ってから、それを口にする。


 あまっ。


 舌に媚びるような濃厚な甘さが口内に広がる。


「どうですか?」


「まあ、悪くないかな」


 私の返事に、ひかりさんは満足げに頷いた後、私が使ったスプーンでそのままプリンを食べ始めた。


 それ、間接キスになるんじゃ……。


 いくら、女子同士といえ、出会ったばかりの相手と間接キスすることに抵抗はないのだろうか。

 しかし、下手に突っ込んで変に意識していると思われるのも恥ずかしいので、この件はもう流すことにする。


「ご機嫌にプリンを味わっているところ申し訳ないんだけど」


「ええ。何ですか?」


 ひかりさんはスプーンを咥えたまま、こちらを向き直った。


「私、この後用事あるから、そろそろ帰るね。お金はここに」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。せっかく知り合えたんですから、もう少しお話ししましょうよ」


 席を立とうとする私を、ひかりさんは慌てて引き留めた。


「別に初対面の人と会話することなんてないし」


「そんなこと言わないでくださいよ。わたしにとって、シエルちゃんはこの世界で初めてできた友達なんですから」


「……悪いけど、私はひかりさんと友達になった覚えはないよ」


 私は誰かと親しくなるつもりはまったくない。

 万が一、失った時に心に大きな苦しみを負う羽目になるのだから。


 私の答えにやや陰りのある顔をして、ひかりさんはスプーンを机に置いた。


「そう……なんですね。わたし、前の世界じゃ友達がいたことがなかったので、どこからが友達なのかわからなくて。すみません」


「あ、いや……ひかりさんが謝ることじゃないし……」


 意図せずしてひかりさんを傷つけてしまったみたいでいたたまれない。


「えっと、まあ、私は友達を作る気がないだけで、普通だったらもう友達になっててもおかしくないのかもだし?」


 フォローを入れようとして、とっ散らかっている事を口走ってしまった。


「シエルちゃんは優しいですね」


「え? 何で?」


「わたしを励まそうとしてくれたじゃないですか」


「別にそんなつもりじゃ……うん。そんなつもりじゃないから」


 ほほ笑みを向けてきたひかりさんに、私はうまく返事が出来なかった。

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