凛太郎

 廉に近くのカフェに呼び出された。僕は二つ返事で了承した。

「なぁ、凛太郎急に呼び出してごめん。」開口一番に謝る廉からは焦りが滲み出ていた。

「気にしなくていいよ。どうしたの?」

「えっと…。」言い淀んだ表情は暗く沈んでいる様に見えた。廉のそういう姿をあまり見たことが無かったからいつも以上に心配してしまう。

「ゆっくりで良いよ。ちゃんと聞くから。」廉の手を掬って僕に繋ぎ止めた。

「俺と、別れて欲しい。」急な別れの言葉に最初は純粋に驚いた。けれど廉にそう言わせてしまったことに僕の瞳がぐらりと揺れた。何か、何か話さないと。離れたくない。でも、なんて言おう。

「理由を聞いてもいい、かな?きっと何か理由があるんだよね。」拒否されるのが怖くて廉の手をそっと離した。

「えっと、俺といると凛太郎が穢れちゃうから。」廉は何を言ってるのだろう。

「俺は、誰かを一途に愛していたとしても、保険を作るんだ。いつ見放されるか怖くて誰でもいいから取り敢えずの人と関係を持つんだ。凛太郎の事をちゃんと愛しているけれどやっぱり相手を作ろうとした。だからこんな奴の側に凛太郎を置いておきたくない。俺の我が儘だし勝手な事を言っていることは分かっている。」そんなことないのに、僕を大切に愛してくれていたのに。僕のことばっかり考えて別れようって言うなんて僕のこと好きすぎでしょう。愛されているんだなって思ってつい微笑んでいた。

「話してくれてありがとう。廉が沢山悩んだ結果なんだね。」そう一言呟いて水を飲んだ。廉は僕の言葉に頷いた。

「まだ、僕のことは好き?それとも好きじゃない?」最後に聞きたくなってしまった。好きでも嫌いでも廉がどう思っているのか聞きたい。

「好きだよ。」廉はを僕だけを見つめて言った。たった四文字を言葉にする時間だけは僕以外を視界に映さなかった。僕はその事に気づくといつの間にか柔らかく笑っていた。

「じゃあ最後に一つ、酷い我が儘を言っても良い?」首をこてんと傾げて甘えるように廉に言った。最後だから廉に我が儘をぶつけよう。

「勿論、凛太郎に我が儘を言っているのは俺だし。」廉は情けなく眉を下げている。そんな表情が僕は好きだった。キリッとした眉を下げさせるのは恋人の特権なのかな。

「別れるのは明日でも良いかな。今日一日は恋人で居させて?」そんな我が儘を言ってみると廉は情けない眉のまま笑った。

「うん、そうしよう。」その言葉は少し揺れた音がした。


 カフェでのんびりした後、僕がよく行くお茶専門店に向かった。落ち着いた雰囲気で居心地が良いから度々足を運ぶ。

「廉、一つ茶葉を選んで欲しいな。」店に入ってすぐ僕は廉に耳打ちした。最後の思い出として廉を思い出せる身近なものが欲しかった。

「俺でいいの?ハーブティーとか詳しくないけど。」知ってる。でも僕が飲んでいるものはいつも何それって聞いてくるでしょ?だから知っていても知らなくても好きなのを選んでよ。

「うん、知ってるよ。だからこそ選んでほしいんだよね。」

「分かった。直感で選ぶわ。」僕が飲んでいる茶葉か関係無く直感で選んでくれるらしい。楽しみだな。店内を廉が回っているとふと立ち止まった。可愛い小さな薔薇があった。あ、ダマスクローズだ。

「これもハーブティー?」振り返った廉に聞かれて頷いた。廉は大切そうにダマスクローズを手に取った。

「それにするの?」

「うん、凛太郎みたいだと思ったから。」真面目な顔の廉の肩に顔をうずめて笑ってみた。なんで、僕を薔薇に例えたの?

「そんな真面目な顔で言わないでよ。面白すぎるでしょう?」僕はこんな綺麗じゃないよ。うまく笑えない顔を隠すように肩に顔を埋めてみたの。

「ダマスクローズって何か上品な名前だな。」彼の柔らかな声色で紡ぐ言葉は酷く愛おしい。

「確かに上品な印象だよね。名前は知っていたけれどまだ飲んだことは無いんだ。飲むのが楽しみだな。じゃあ会計済ませてくるね。」泣いてしまいそうだったから廉から離れた。いつも飲んでいるのはレモングラスとかそういう系統の物が多くて花系統のハーブティーはあまり飲まない。でもこれからはよく飲むようになるんだろうな。

「了解。店の外で待ってる。」軽快なベルの音を鳴らして廉は外へ出た。昼に集合したから気づけば夕方に差し掛かっている。ここを出てしまったらもう別れないといけないのか。そう思うと心が空っぽになるのを感じた。

「お待たせ。この後どうする?何にも決まってないよね。」出来るだけ明るい声で廉に声を掛ける。

「凛太郎を家まで送ろうかなって思っていた。」あ、ここでお別れじゃないんだ。わざわざ家まで送ってくれるんだ。

「送ってくれるの?いつもありがとう。」複雑な意味を持った感謝の言葉が溢れた。やっぱり好きだな。僕達はどちらからとも無く手を繋いで歩いた。


「僕ね、廉と付き合えて本当に幸せだよ。気持ち悪がられないかなとか不安だったけど告白して良かった。…廉は僕と付き合っていてどうだった?」お互いの顔は見ないまま話す。けれど相変わらず手は繋いだまま。

「正直、最初は告白されたから付き合ったけど段々と凛太郎の事を知ると依存する程好きになった。凛太郎の全てを知りたくなって仕方が無くなった。そんな時間が本当に幸せだった。出会えて良かった。」廉が僕の手を強く握ったから握り返した。

「、良かった。」そう思ってもらえていたことが嬉しかった。


 目の前に僕の住むアパートが見えた。漠然としていた終わりが現実味を帯びた。

「連絡先、消した方が良い?」消したくないけれど連絡してしまいそうだから残しておいていいのか聞きたかった。

「決心が揺らぎそうだから俺は消そうかなと思っている。」変な所は真面目なのが廉らしいな。

「そっか。なら僕も消そうかな。でも、もし大学で会う機会があったら挨拶しても良い?」もしも、残り一年程度の大学生活の中で会えるなら挨拶を交わしたい。

「俺も挨拶したい。あと最後にハグさせて欲しい。」

「うん、勿論。最後のハグだね。」僕は廉に告白してよかった。本当にそう思ってる。

「そうだね。」お互いの体温を分け合うように強く抱き締めた。


 彼は、彼は優しい人なんです。

だからどうか彼がこの先困ることがありませんように。

この先僕の知らない所で幸せな出会いがありますように。

彼が頼れる人に出会えますように。

僕の幸せを彼に渡していいほどに彼を愛しています。

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