最適解だと信じる
花園眠莉
廉
大学一年の夏、俺に春が訪れた。相手は柏木凛太郎。同じ学科の同性。俺自体バイ気質だったから取り敢えず付き合ってみた。彼の事は授業で一緒になる大人しい奴で特定の仲の良い人は作らないけれど誰かしらと話している印象を抱いていた。あと、暖かな春の日差しのような笑顔で話す人だから何処か胡散臭いと思っていた。
実際に付き合ってみて分かった事がある。
暖かな笑顔は嘘偽りの無いものだったこと。
感謝されるのが好きだけれど恥ずかしいこと。
褒められ慣れていないこと。
恥ずかしい時親指を隠すように両手を握りしめること。
案外表情豊かでよく笑うこと。
たまに考え過ぎて複雑そうな表情を浮かべること。
誰かに尽くしたいし甘やかしたいこと。
尽くされるとどう反応すればいいかわからなくて戸惑ってしまうこと。
長男だったからなのか甘えるのが下手なこと。
本を読むと暫くその主人公の価値観に引っ張られること。
感情移入がとても得意なこと。
自己肯定感は案の定低いこと。
けれどその割に自身もあること。
文学男子なのに球技が得意なこと。
家事全般得意で一人暮らしをしていること。
休日はお菓子作りとバイトをしていること。
友達と外に遊びに行ったことがないこと。
本を読みながらよく寝落ちをすること。
冷え性だからいつも温かいお茶を飲むこと。
ハーブティーと紅茶が好きでいつも家に買いだめしていること。
喉が強くないからいつも生姜の喉飴を持っていること。
生姜がとても好きなこと。
好きなものを食べている時目を瞑る癖があること。
涙脆いこと。
寝る前少しだけ声が低くなること。
寝起きの機嫌が良くないこと。
ワイシャツ以外基本着ないこと。
言いだしたら切りが無いほど彼を好きになった。
それと同時に俺と一緒に居たら彼を不幸にさせる未来しかないことに気がついた。俺は誰かを一途に愛せない。今は凛太郎だけだと思っているけれどそのうち凛太郎以外とふらっと遊んでしまうだろう。勿論今は凛太郎をこの上なく愛している。けれど人から貰う愛情を信じれずに保険をかけてしまうのだ。過去の恋人たちもそうだった。だから、きっと今回もそうなんだ。それが俺の性だから。
凛太郎との時間はどれも暖かくて幸せだった。デートも沢山行った。彼が好きな作品の映画を見てカフェで感想を言い合ったり本屋で一緒に表紙買いだってした。主に凛太郎の家で泊まりだってした。キスだって、ハグだって数え切れないほどした。キスの時、呼吸が上手く出来なくて涙目なのも焦がれるほど愛おしい。二人の時は沢山愛を囁いた。身体だって沢山重ねた。シーツに広がる髪も彼が果てる姿も全て覚えている。果てる前にきゅっと俺の手を握って眉毛を下げた俺にしか見せない顔を見せてくれる。寝る前は幸せそうに俺の頬を撫でて涙を浮かべるその壊れそうな表情だって忘れない。
俺が別れを告げたらきっと俺のことを思って頷いてくれるだろう。凛太郎はそういう人だ。特に心を許した相手には理由を聞かず了承する。相手のことを本気で信頼しているんだろう。もう付き合って二年になる俺は信頼を得ていると思っている。
彼を手放す為に真昼間の近くのカフェに呼び出した。凛太郎は二つ返事で了承してくれた。
「なぁ、凛太郎急に呼び出してごめん。」
「気にしなくていいよ。どうしたの?」いつもと変わらないゆったりとした声だった。
「えっと…。」別れようの一言が出てこなかった。別れたくないけれど凛太郎を穢すくらいなら別れたほうが良い。俯いた俺の手を掬い取って軽く握ってくれた。
「ゆっくりで良いよ。ちゃんと聞くから。」凛太郎の少し冷たい手を感じながら腹を括った。
「俺と、別れて欲しい。」言葉に出してしまった。自分から決めた事なのに嫌だと思う自分がいる。凛太郎の瞳がぐらりと揺れるのが見えた。それからどの言葉を使って話そうか迷っているであろう唇の動き方。
「理由を聞いてもいい、かな?きっと何か理由があるんだよね。」俺の手をそっと離して聞いてきた。
「えっと、俺といると凛太郎が穢れちゃうから。」そう言うと凛太郎は唇を噛み締め黙り込んだ。
「俺は、誰かを一途に愛していたとしても、保険を作るんだ。いつ見放されるか怖くて誰でもいいから取り敢えずの人と関係を持つんだ。凛太郎の事をちゃんと愛しているけれどやっぱり相手を作ろうとした。だからこんな奴の側に凛太郎を置いておきたくない。俺の我が儘だし勝手な事を言っていることは分かっている。」一度溢れたら止まること無く言葉が流れた。そんな俺を見て凛太郎は静かに微笑んでいた。
「話してくれてありがとう。廉が沢山悩んだ結果なんだね。」そう一言呟いてから凛太郎は水を飲んだ。俺は凛太郎の言葉に頷くことしか出来なかった。
「まだ、僕のことは好き?それとも好きじゃない?」まだ未練しかない。別れたくないと思ってるよ。
「好きだよ。」この四文字を凛太郎だけを見つめて言った。視界に映る凛太郎は柔らかく笑っていた。
「じゃあ最後に一つ、酷い我が儘を言っても良い?」小悪魔のような笑顔を浮かべた凛太郎は首をこてんと傾げた。
「勿論、凛太郎に我が儘を言っているのは俺だし。」そう言えば凛太郎は手を口元に添えて笑った。その仕草が丁寧で何度も見惚れてしまう。
「別れるのは明日でも良いかな。今日一日は恋人で居させて?」そんな我が儘を言って貰えたことに喜ぶ自分が居た。
「うん、そうしよう。」まだ凛太郎の一番側に居たい。自分で決めたことなのに揺らいでしまいそうだった。
カフェでのんびりした後、凛太郎がよく行くお茶専門店に向かった。落ち着いた雰囲気で居心地が良い。
「廉、一つ茶葉を選んで欲しいな。」店に入ってすぐ凛太郎が耳打ちしてきた。
「俺でいいの?ハーブティーとか詳しくないけど。」何となく凛太郎が飲む種類は覚えたけどまだ完璧に覚えたわけじゃない。
「うん、知ってるよ。だからこそ選んでほしいんだよね。」
「分かった。直感で選ぶわ。」凛太郎っぽい物を選ぼうかな。店内を回ってみると可愛い小さな薔薇があった。
「これもハーブティー?」後ろに居る凛太郎に聞くと頷かれた。何か分からないけれど凛太郎みたいだと思って手に取った。
「それにするの?」
「うん、凛太郎みたいだと思ったから。」そう言うと俺の肩に顔を
「そんな真面目な顔で言わないでよ。面白すぎるでしょう?」男を薔薇の花に例えて嫌な顔をするかもしれないと思ったがまさか笑うとは思わなかった。
「ダマスクローズって何か上品な名前だな。」
「確かに上品な印象だよね。名前は知っていたけれどまだ飲んだことは無いんだ。飲むのが楽しみだな。じゃあ会計済ませてくるね。」確かにいつも飲んでいるのはレモングラスとかそういう系統の物が多くて花系はあまり飲むイメージがない。
「了解。店の外で待ってる。」軽快なベルの音を聞いて外へ出た。昼に集合したから気づけば夕方に差し掛かっている。ここを出たら家まで送って別れるのか。
「お待たせ。この後どうする?何にも決まってないよね。」小さな紙袋を持った凛太郎が来た。
「凛太郎を家まで送ろうかなって思っていた。」凛太郎は嬉しそうな表情を覗かせた。
「送ってくれるの?いつもありがとう。」俺が好きでやっていることなのに感謝をしてくれる。やっぱり好きだな。俺達はどちらからとも無く手を繋いで歩いた。
「僕ね、廉と付き合えて本当に幸せだよ。気持ち悪がられないかなとか不安だったけど告白して良かった。…廉は僕と付き合っていてどうだった?」お互いの顔は見ないまま話す。相変わらず手は繋いだまま。
「正直、最初は告白されたから付き合ったけど段々と凛太郎の事を知ると依存する程好きになった。凛太郎の全てを知りたくなって仕方が無くなった。そんな時間が本当に幸せだった。出会えて良かった。」凛太郎の手を強く握ると握り返された。
「、良かった。」風が吹いたら聞こえないぐらいの声だった。
目の前に凛太郎の住むアパートが見えた。終わりに現実味を帯びた。
「連絡先、消した方が良い?」凛太郎に聞かれた。
「決心が揺らぎそうだから俺は消そうかなと思っている。」繋がっていたらきっと連絡してしまうだろうから。
「そっか。なら僕も消そうかな。でも、もし大学で会う機会があったら挨拶しても良い?」もしも、残り一年程度の大学生活の中で会えるなら挨拶を交わしたい。
「俺も挨拶したい。あと最後にハグさせて欲しい。」
「うん、勿論。最後のハグだね。」
「そうだね。」お互いの体温を分け合うように強く抱き締めた。
彼は、彼は純粋な人なんです。
だからどうか彼がこの先俺の様な奴に騙されませんように。
この先俺の知らない所で幸せな生活をしていますように。
彼を支えてあげられる人に出会いますように。
彼に限り無い幸せが訪れますように。
そう願いながら恋人期間を終えた。
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