023 彷徨③/薬膳茶
「薬師?」
「そう薬師よ。病気の人や怪我をした人を治すのを生業にしているわ」
「ああ、どうりで」
レオンは視界の隅に映る弱火で熱した丸底の硝子からポッポッと白い煙が出ているのを見て納得した。
「おばあちゃんはすごい薬師なんだよ! 少し前の流行病の薬を作って、街の人を大勢助けたの!」
ラウラはまるで自分のことのようにレオンに語りかける。それにレオンはそうかと生返事をした。
「もう昔の話よ。今は細々と薬師をしているわ。立ち話も疲れるし、奥に行きましょう」
ミアに導かれレオンは店の奥にある四人がけのテーブルに腰掛けた。レオンの対面にミアが座り、その隣にラウラが座る。
差し出されたお茶から湯気が立ち込める。薬膳茶なのか香りからどこか心を落ち着かせるような作用があるように感じられた。
レオンはお茶に口を付ける。想像以上の熱を感じて一瞬口を外し、すぐさま息を吹きかけ熱を冷まして再び口を付けた。
「うまい……」
飲む前は内心ただの水だろと小馬鹿にしていたが、飲んだ瞬間に身体に突き抜けた感覚にレオンは舌を巻いた。くどい苦味がなく、わずかに酸味のする爽やかな味わい。身体の芯から温まる感覚に全身の筋肉が弛緩する。
「気に入ってくれたようで何よりだわ」
レオンの恍惚とした様子を見てミアが顔を綻ばせる。
レオンは腑抜けた顔を見られたことに顔を赤くした。
「礼はやらねえぞ。オレ、金ねーし」
「子どもからお金は取らないわよ。ところでレオンくんのご両親は今どちらに住んでいるのかしら。ぜひラウラを助けてくれたお礼をしたいのだけど」
「親はいねえ。母さんはオレが小さい頃に病気で死んだ。親父は知らん。顔も覚えてねえ」
「……あら、そう。ごめんなさいね、嫌なこと思い出させて」
「別に気にしてねーよ。もう乗り越えたから」
「強いのね、まだ小さいのに。ご両親がいないということは、今一人で暮らしているのかしら?」
「まあそんなとこだ。決まった家なんかねえよ。その日その日をただ過ごしてる。川沿いで寝たり。路地裏で寝たり。この街に来たのだって、ついこの間だ。それも魔物が大暴れした日だ」
レオンはそう言って口を噤んだ。無言でラウラの方を見る。彼女は魔物の襲来で母親を亡くしたばかりだ。建物に押しつぶされた母親を必死に助けようとしたラウラの姿が頭をよぎる。
ラウラの母親ということはミアの娘ということにもなる。
二人は顔を曇らせ、顔を俯かせていた。
「悪い。こっちも嫌なこと思い出させちまった」
「レオンくんが謝ることじゃない。そういえばあの日魔物たちを倒した老紳士がいたって噂話を聞いたけど」
「ああ、あの爺さんのことか」
「知り合いなの?」
「まあ、知り合いだな。エヴァルトっていうこの街の領主に仕える執事だよ。ちょー強くて、オレみたいなやつにも敬意を持って接してくれたいい人だ」
「領主様って、レイヴンローズ家のこと!?」
「……ああそういやあの生意気娘にそんな名前があったような」
「生意気娘って、レオンくん領主様と知り合いなの?」
「? ああまだ言ってなかったな。オレ、つい今朝まで領主の館にいたんだよ。見習い執事として。そんでエリザベートっていう貴族令嬢と喧嘩して、屋敷を飛び出してきた。あいつオレの家族のことを馬鹿にしやがって、思い出しただけでムカつく」
「これは驚いた。まさか領主様に仕えていたなんて。でもなんでレオンくんを執事見習いとして屋敷に置いていたのかしら」
「しらね。エヴァルトの爺さんが勝手にしたんだ。オレを執事見習いに」
「不思議なこともあるのね。でも領主様に仕えるなんてとても誉れ高いことよ。ましてやレイヴンローズ家なんて名門貴族に」
「そんなに凄いのかよ、レイヴンローズ家っていうのは」
「そっかレオンくんはこの街に来たばかりだから、レイヴンローズ家のことについて知らないのよね。その伝承についても」
「伝承? なんのことだ?」
「いいわ。話してあげる」
そういうとミアは遠い昔話を語り出した。
[後書き]
更新滞ってしまい、申し訳ございません。
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最強老執事、最高の弟子を取る!/破滅と繁栄の令嬢に救済の花束を/超越のエーデルヴァイス/赤い薔薇と白い呪いと黒い渡鴉/名門レイヴンローズ家の見習いメイド執事くん/貧困出身の少年は貴族社会で成り上がる! 夜明快祁 @shibasenri
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