021 彷徨①/再会

「あー! もうむかつく!!」

 亜麻色の髪を掻きながらレオンはそう言葉をこぼした。


 早朝から屋敷を抜け出し、敷地内から出たレオンは街へと続く道を歩く。


 昨日のエリザベートの言葉が頭から離れない。両親を侮辱した言葉。思い出しただけで怒りが込み上げてくる。


 歩きながら小石を蹴り上げる。小石は近くを流れる川にチャポンと落ちた。


「貴族は嫌いだ!!」

 自分より身分の低い者を平気で貶す。

 自分が恵まれた環境にいることを真の意味で理解していない。明日寒さを凌ぐ家も、飢えを凌ぐ作物もないという地獄を知らない。


 いつ死ぬか分からない恐怖と向き合うことがない貴族はレオンにとって敵だ。


「オレはこんな生活から抜け出して、貴族たちを見返してやる!」

 勝手に屋敷を出てきてしまったが、収穫はゼロじゃない。


 それなりの衣服と防御魔術【円環エアル】も手に入れた。


 まずは街に繰り出し、この魔術を使って何かしらの仕事を始めるのがいいだろう。

 用人警護とまではいかないまでも何かしらの役に立つはずだ。


 街へ着いたレオンは早速行き交う人々に何か職はないかと尋ねた。

 だが、結果は惨敗。それもそのはず。見知らぬ子どもに急に仕事はないかと尋ねられて、ありますよと答える方が不思議なくらいだ。


 日中街を歩き回り、人々に声をかけるも相手にされない。

 すでに陽は傾き、黄昏の空が顔を覗いている。


 その時レオンのお腹がぐうっと鳴った。朝食も昼食も食べず、一日中歩き回った反動が現れたのだ。


「はら減った……」

 思えば屋敷にいた時にはきちんとした食事にありつけていた。つい昨日のことなのに遠い日のことのように感じる。


 ふと、小さな子どもとその両親と思われる三人の姿が視界に入った。幸せそうであった。彼らにはさぞ温かな家があって、食事があるのだろう。


 彼らの様子と今の自分を見比べて、レオンは空虚さを感じた。

 いままで一人で逞しく生きてきたはずなのに。


 胸を締め付けるこの気持ちはなんだ。きっとあのエリザベートくそ貴族に家族を馬鹿にされたからだ。


 苛立ちさを振り払うように首を振り、レオンは眼前を歩く老婆に目を向ける。

 歳のせいか足が悪そうだ。一歩一歩が重く遅い。手にした袋には香ばしい匂いを放つバケットが入っている。


 奪って逃げるのは簡単そうだ。実際、今まで何回もそれで飢えを凌いできた。


(悪いな、婆さん)

 後ろからゆっくりと近付き、レオンは袋に手を伸ばして、−−その手を止めた。


 ふと、あの老執事ならどうするか考えてみた。自分を小汚い悪ガキと思わず、一人の人間として見てくれた人。きっと彼なら他人から物を奪うなんてしないはずだ。


 弱くなってしまった。この前まで生きるために盗むなんて造作もなかったのに。


「あの……」

 後方からの言葉にレオンは振り向く。

 そこにはレオンと同じくらいの歳の女の子が立っていた。

 肩口で切り揃えられた薄い金髪に、小動物のように愛らしい瞳をしている。


「誰だよ、お前」

 レオンが無愛想にそう答える。


「やっぱり。髪を切ってたから分からなかったけど、あの時わたしを助けてくれた人だよね?」


 助けた、という言葉にレオンは思い当たる節があった。

 一週間前の魔物襲撃の際に、レオンが手を引いて助けようとした少女だ。


「ああ、あの時の」

 記憶の中の少女は確かに目の前の少女の姿をしている。


「あの時は助けてくれてありがとう。ずっとお礼が言いたくて、わたし、ラウラっていうの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る