020 巡廻⑩/ワンデレ

 翌朝、エヴァルトはエリザベートに訪れた。

「おはようございます、お嬢様」


「おはよう。昨夜は悪夢を見たわ」

「悪夢……ですか」

「ええ」


 エリザベートは後ろにいるメイドに髪をとかされながらそう答えた。

 エリザベートは目を手で擦り、欠伸を噛み殺す。彼女の目の下にはわずかにクマができていた。


「昨夜のレオンのことですか」

「それ以外考えられる? この私に手をあげようとしたあの野蛮人! どうして彼を貴方の弟子にしようとしたの?」


「お嬢様、私たちは未来のことについて考えねばなりません。私ももう若くありません。いつもでもお嬢様の身を守れるという保証はありません」

「だからって、あの子は絶対になしよ! 礼儀を知らないし、頼りにならないし、私に敬意を払わない! はっきり言って貴方の選択は間違っているわ。貴方ほどの実力と才覚があればこの国から弟子入りを志願する優秀な人たちがいたはずよ!」


「お嬢様、私も弟子をとるということは初めてなのです。確かにいままで多くの方々から弟子入りを志願されましたが、私はそれを全て断ってきました。中には後に王国の英雄と呼ばれる者もおりましたが、私はその方の志願も断りました。自分一人でお嬢様をお守りすればいい。自分一人なら思う存分力を発揮できる。そう考えていたのです」


「まるで今は違うみたいな言い方ね」

「ええ、その通りでございます」


 エヴァルトはエリザベートから視線を外し、部屋の窓に歩みよる。

 窓から差し込む朝日が眩しい。目を僅かに細めてもその光が瞼の裏を優しく刺激する。


「自分一人で何かを成し遂げようなんてことはただの傲慢です。どれだけ優れた力を持っていたとしても孤独にはかないません。私はこの答えに辿り着くのに五十年ほどかかってしまいました」

 エヴァルトは苦笑した。


「それでレオンを弟子にしようと思ったわけ? 孤独が嫌だから? 一応言っておくけど、貴方は一人じゃないから」

「お嬢様、本日初のワンデレありがとうございます」

ワンデレってなによ……」

  

 エリザベートは僅かに頬を膨らませた。

 エリザベートの後ろにいるメイドがくすっと笑う。


「そういえば、エヴァルトさんはレオンくんといつどこで出会ったんですか?」

 今まで沈黙していたメイドが口を開く。


「一週間前、街の魔物騒ぎの時です」

「え! 一週間前!? もしかして出会ってその日に弟子にしようと決めたんですか?」

「ええ、そうですが、何か変でしょうか?」

「いや変と言うか……レオンくんのご家族とかに連絡したんですか? 勝手に弟子入り宣言して連れてきたとなると誘拐と一緒ですよ!」


「失念しておりました……」

「それって結構やばいんじゃ……。ところでエヴァルトさんはレオンくんのことについてどれだけ知っているんですか?」


「名前とメイド服が似合う愛らしい顔立ちであることと、物覚えが早いこと……ぐらいでしょうか」

 その答えにメイドが口をあんぐりと開けた。


「エリザベート様、私、エヴァルトさんを警備団に引き渡した方がいいと思います」

「落ち着いて、エヴァルトを誘拐罪で失ったら誰がこの私を守るの」


「だって、出会って一週間も経っていない男の子への評価が『メイド服が似合う愛らしい顔立ち』ですよ!? 普通じゃありません! ショタコン変態おじさんじゃないですか!」

「いや辛辣!?」


 メイドがエヴァルトの視線から自身を守るようにみじろぎする。

 エヴァルトは手を振り、必死にメイドの誤解を解こうとする。

「確かにメイド服が似合うと言いましたが、あれはただの言葉の綾というかただのジョークと言いますか……」


「そういえば最近はエリザベート様にもどこか遠くを見つめるような視線をしたかと思えばふっと笑っていましたよね! 私見ていましたよ。まさかロリコ−–」

「違いますよ! これ以上誤解が増えるようなことを言わないでください!!」


「そうなのエヴァルト……?」

 エリザベートがエヴァルトの視線から身を守るようにみじろぎする。

「違うって言っていますでしょうが!!」

「冗談よ。さてまじめな話。どうしてレオンを弟子にしようと思ったの」


 こほんと軽く咳ばらいし、エヴァルトは自身を落ち着ける。上がった血圧が少しずつ下がっていくのを感じた。

「可能性を感じたからです」

「メイド服が似合う?」

「ちーがーいーまーすーよ!!」

 メイドの横槍にエヴァルトがすぐさま反論した。


「……こほん。まず年齢。執事業を教え込むのに伸び代がある年齢であること。次にレオンから『生き方を教えてくれ』と頼まれたこと。どうも私は子どもからのお願いに弱いみたいです。そして最後に–−」

「最後に何?」

「いえ、これはまだいえません」

「どうして?」

「お嬢様にはまだいえないことだからです」


 そう、とエリザベートは素気なく答える。


「お嬢様、私は貴女の五倍近くの人生を歩んでおります。その人生で多くの方々の生き様を見て参りました。自分の人生に悲観し絶望した者、悪の道に堕ちた者、そして逆境をものともせず、前を見続けた者。レオンはその三番目です」

「私にはそうは見えなかったけど」


「この私の選択をどうか信じてください。もうすぐレオンがこの部屋に訪れ、昨夜のことを謝罪するはずです。そして私に、もう一度執事のことについて教えてくれ、おじいちゃん! あ、間違えました。もう一度執事のことについて教えてくれ爺さん、と私に教えをこうはずです。その時はどうか、昨夜のことをその寛大な心で赦し、彼にもう一度チャンスを与えて下さい」

 エヴァルトは真っ直ぐエリザベートに向き直った。


「そこまで貴方が言うなら……」


 その時、コンコンと部屋の扉を叩く音がした。

「ほら噂をすれば。お嬢様、できるだけ笑顔にですよ。間違っても喧嘩などしないでください」


「わかっているわよ。いいわ入ってきて」

 エリザベートが部屋の外にいる人物に声をかけると、扉がすっと開いた。


 そこにいたのは亜麻色の髪の少年ではなかった。

 長身のメイド長リィヴァであった。

「貴女だったのね、リィヴァ。おはよう、ところで何の用かしら」

「おはようございます、お嬢様。早速ですがご報告が」


 リィヴァが眼鏡をくいっと上げる。

「レオンがいなくなりました。そして、代わりに部屋にこのような紙が置いてありました」


 リィヴァは手にした紙を広げる。紙には大きく雑な字で『クソッタレ』と書いてあった。


「どうやら貴方の当ては外れたようね、エヴァルト」

 エリザベートはエヴァルトに向き直って言った。


「えぇええええええええ!?」

 エヴァルトの血圧が上がったのは言うまでもない。

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