015 巡廻⑤/針と糸

「可愛い〜!!」

 女性店員に着せ替え人形の如く、様々な衣服を試着させられたエリザベートはとても疲弊していた。


「やはりお嬢様はどんな服でもよく似合います」

 試着室から新しい服を身につけたエリザベートが出てくる度、エヴァルトが褒め称える。


「すごく可愛いです! 次はこの服を着てください!」

 興奮した様子の店員はさらに違う服をすすめる。衣装作りが好きな彼女の作った服が、可憐な少女によってその真価を発揮する、そのことがとても嬉しいのであろう。


「いいですね! お嬢様、お次はこの猫耳がついたフードを試してみましょう」

「猫耳は嫌! 恥ずかしいからっ!」


 このようなやりとりを繰り返して、ようやく一つの服装に落ち着いた。


「やはり王道はこれですかな」

 思わずという具合にエヴァルトが呟いた。


 試着室から出てきたエリザベートの服装は白いワンピース姿であった。まだ幼い彼女の子どもらしいところを表す清楚な白。雪のように白い肌と艶やかな黒髪をより際立たせるシンプルで至極の一品だ。


 エヴァルトはエリザベートを見る。その目は孫娘を愛でるように優しく、そしてどこか懐かしいものを見るような目であった。


「どうかしたの、エヴァルト?」

 主人の声にエヴァルトは我に返る。ふとした瞬間に昔を思い出して、意識が飛ぶのは老人の悪い癖だ。


「いいえ、とてもお似合いですよ、お嬢様」

「そ。ありがと」

 エリザベートはほんの少しだけ頬を染めた。


「お、ようやく終わったみたいだな」

 店員とエリザベートの攻防戦を傍観していたレオンが声をかける。


 エリザベートの服装を見て、レオンは思わず見惚れてしまったが、すぐに視線を外す。いままじまじと見てしまうと、見た目だけはいい性悪娘に後で何を言われるか分からないと思ったからだ。


 そんなレオンにエヴァルトは耳元で囁く。

「はあ!? なんでオレがそんなこと!」

「レオン、いいから言う通りにして下さい」


 エヴァルトの言葉にレオンはぐぬぬと苦い顔をした。そして観念した顔でエリザベートに向き直る。


「あの、なんだその……その服、すげえ似合ってると思う。服は、すっげえ綺麗だ! 服はな!! 勘違いすんなよ!」

 そう言い終えるとレオンはそっぽを向いた。


「はいはい。貴方も似合っているわよ、レオン……ありがと」

 エリザベートの最後の声はとても小さく、とても気恥ずかしさを感じるものであった。


「美少女と美少年の尊いやりとりの瞬間ゲット! 萌え〜〜!!」

 女性店員の声は店内に響き渡った。


 レオンとエリザベートの衣服を買い、二人が各々衣装替えをしている間、エヴァルトは女性店員に声をかける。

「本日はどうもありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそありがとうございます。可愛い子たちに服を買ってもらえて私も嬉しかったです。もしよろしければ貴方の服も是非買って行って下さい、紳士服も取り揃えていますので」


「では後日、ここに買いに来ます。それとあともう一つ頼みごとをしてもよろしいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」


「あの自動で裁縫する魔術を開発した人を探してほしいです。人探しが困難であれば、貴女の祖母の代のこの店の顧客リストを見せてほしい」

 エヴァルトは宙に浮く針と糸を指差してそう言った。


◆◇◆◇◆


 仕立て屋を出た後、三人は昼食を取ることにした。

「うめえ、このパスタって食べ物すげえ美味しい!」

 口の端を汚しながらレオンは舌鼓を打つ。念の為、買ったばかりの服が汚れないように配慮しているが、テーブルマナーはお世辞にも良いとは言えない。


「レオン、口の端にソース付いてるわよ」

 レオンの対面に座るエリザベートが自分の口元を拭きながら言う。上品に食事する彼女の姿は領地を治める令嬢に相応しい。


 レオンとエリザベートがいる二人掛けの席から少し離れた席で、エヴァルトは食事をしていた。


「さて、二人はどうしますかな」

 エヴァルトは二人が見える席でそう呟いた。

 先日の魔物騒動からまだ日が浅い。いつどのタイミングでエリザベートが襲われても対処ができるようにエヴァルトは目を光らせる。


 エヴァルトが二人から少し離れているのには理由がある。通常、執事は主人が食事する時、そばで控えているものだが、今はそれをしていない。


 店側への配慮もあるが、エリザベートを領主の娘と悟られないようにするためだ。執事が側で控えていれば否が応でも、階級の高い者だと思われてしまう。下手に注目されてはせっかくの休日を邪魔されてしまうと言うものだ。


 店を行き来する者からすれば、今のレオンとエリザベートは休日を楽しむただの若者カップルに見えているかもしれない。


 だが、逆に言えばだ。ここでエリザベートに近付く者は怪しいと言える。ナンパ目的なら後頭部にデコピンを喰らわせるつもりだ。


「あのお客さん」

「ああ、はい?」

 二人を凝視していたエヴァルトは、夢中のあまり突然声を掛けてきた店員に驚いた。


「あまり若い子を見つめない方がいいと思いますよ。他のお客さんも怖がってますし」

 そう言われてエヴァルトは周囲を見る。店にいた者たちはエヴァルトに視線を向けてヒソヒソと話をしている。


「今度怪しいまねをしたら、うちを出禁にしますからね」

 店員にそう言われ、エヴァルトは肩を落とした。

「すみませんでした……」


「爺さん、何話してんだろ」

 エヴァルトと店員が何やら話をしている様子を見て、レオンはそう呟いた。


「さあ、料理の感想でも言っているんじゃないかしら」

「ああ、だったら納得だ! この料理すっげえ美味いし!」


「すっげえじゃなくて凄く、美味いじゃなくて美味しいときちんと言いなさい」

「ああ? なんだよ。別に言いじゃねえか」


「いいえ良くないわ。私に仕えるなら、正しい言葉遣いをして」

「誰もお前に仕えるとか言ってねえだろ」


 エリザベートは目を丸くした。

「じゃあ、なんで……」

「オレは爺さんからいろいろ教わりたかったから、ここにいるんだ」

「あら、そう……」

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