014 巡廻④/仕立て屋

「お嬢様、街に着きました」

 馬車を停車させ、扉をエヴァルトが開けた。

 そして馬車の段差に躓かないように、エリザベートの手をとり降車させる。


「ありがとう、エヴァルト」

 エリザベートに続き、レオンが馬車の外へと出た。


 メイド服姿のレオンは陽光をたくさん浴びて、人目を気にせず体を伸ばした。

 そのまま深呼吸する。道に咲いた花の香り、焼き上げられたパンの香ばしい匂い、行き交う人々の雑踏と陽気な話し声。そのどれもがレオンの心を刺激する。


 一週間前の魔物騒ぎが嘘だったかのように街は活気に満ちていた。


 そこに馬車から降りた三人組。一人は艶やかな長い黒髪と心を惑わす真紅の瞳をした美少女。もう一人は背の高い、品のある髭を揃えた老執事。最後の一人は亜麻色の短い髪をした少し不作法な態度の目立つメイド。


 通りを行き交う人々は三人に視線を向け、すぐに視線を戻し、通り過ぎていく。


 その視線に当てられ、レオンはメイド服の裾をぎゅっと握る。屋敷では嫌でも慣れてしまったメイド服姿も屋敷の外に出てしまえば、一気に羞恥心に変わる。


「どうかしましたか、レオン」

 レオンの落ち着かない様子を見て、エヴァルトが声をかけた。


「どうかしましたか、じゃねーよ! 街中でもこの格好が恥ずかしいんだよ、察してくれよ!!」

「はて、レイヴンローズ家の使用人メイドのれっきとした正装ですが、何かご不満でも? 見たところ破けていたり、汚れがついていたりはしていませんが」


「そこじゃねーよ! オレが女装しているのが恥ずかしいって言ってんの!!」

 レオンはエヴァルトにだけ聞こえるように話す。行き交う人々はそんな様子をちらっと見てすぐに通りすぎた。


「ああ、そのことですか。レオン、貴方は考え過ぎです。今の貴方はどう見ても華奢で髪が少し短めの女の子にしか見えません。貴方の素性を知っている者ならともかく、ただの通行人が貴方を男性だと見破るのは至難の技でしょう。逆にここで貴方が恥ずかしがって、もじもじしていれば変に人の目を集めてしまいますよ。ここは冷静に自然体に行きましょう」


「ああそうか、誰もそこまで見てないからオレが気にしなければいいのか、ってそんなことあるかい!」

「安心して下さい。そう言うと思って、最初に向かうお店は決まっています」


 エヴァルトはエリザベートに視線を向ける。二人の会話を見守っていた黒髪の主人は頷いた。

「いいわ、今日はエヴァルトのお誘いで来たんですもの。しっかりとエスコートして」

「おまかせ下さい」


 三人は表通りにある仕立て屋に足を運んだ。

 店の扉を開くと、カランと音が鳴る。店内は広過ぎも狭過ぎもしない丁度いいくらいの広さがあった。

 

 店の奥で布と針がひとりでに宙に浮いて裁縫しているのが見えた。


「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件でしょうか」

 店の奥から女性が出てきた。年齢は二十代前半だろうか、メガネをかけていて、髪を緩めの三つ編みにしている。


「こんにちは、この子に合う洋服を見繕ってほしいのですが」

 エヴァルトがレオンの方を手で示して答える。


「かしこまりました。お客さま、どんな服が良いか好みはありますか?」

 女性店員の言葉にレオンは少し考えて答える。


「かっこいいやつにしてくれ、なるべく男らしいやつ」

「なるほど、ボーイッシュな服装がお好みですか」

「……ボーイッシュな服装ってなんだよ?」

「はい、ボーイッシュな服装とは男の子や少年っぽいデザインの服装のことですね。かっこいいですし、動きやすくて、一部の女の子から人気なんですよ!」


 くすっとレオンの背後でエリザベートが笑った。

「もしかして、オレのこと女だと思ってるのか?」


「はい? 確かに自分のことオレという女の子は珍しいですけど、世の中にはいますからね。髪もショートカットで幼っぽい印象があってメイド服も可愛らしいですし、こんな可愛い子が男の子のはずありませんよ」


 レオンは隣にいるエヴァルトに視線を向ける。それに対しエヴァルトは軽くウインクした。


 自分が男だと言うレオンを女性店員は初め信じなかったが、彼の骨格からほんのわずかの男性らしさを見て納得した。


 店員はレオンに少年らしい服装を用意し、試着させる。

 レオンはようやくメイド服から解放され、男物の衣服に袖を通せたことに一種の感動すら覚えた。


「きみにはもっと可愛い服が似合うと思うのに……これとか着てみません?」

 女性店員の手には可愛らしいフリルのついたワンピースが握られている。さらにリボンのついた帽子と丈の長い靴下のおまけつきだ。


「ぜっっっったいに着ねえからな!!」

 レオンは、エヴァルトのもとへ駆け寄った。


「爺さん、何見てるんだ?」

「ああ、レオン。これですよ」


 エヴァルトの視線の先を追うと、ひとりでに宙に浮いた針と糸が裁縫している光景があった。


「すっげえ、これも魔術なのか?」

「はいおそらく。魔術の原理は至ってシンプルですが、この裁縫技術を連続して発動させているのは中々のものです」


 針と糸は二人が話している間もただ黙々と衣服を縫っている。その動きは器用なもので、まるで空中に透明人間がいて、その人が裁縫しているかのようだった。


「ああ、その魔術ですね。うちの名物にもなっているんですよ。中々他の店でも見れるものではないですし、何かこう見てて癒されますし」


 二人の様子を見て、店員が声をかけた。


「確かに見ててとても癒されます。この魔術はずっと発動しているのですか?」

「はい。と言っても、一通り布が完成したらまた次の糸と針を用意して、交換する工程がありますが、この術自体は私の祖母の代からありました」


「ほう、ではこの魔術は貴女の祖母が発明したのですかな?」


「いいえ。私の祖母はただの仕立て屋でした。もちろん私もですが。その昔、祖母がこの仕立て屋を営んでいた時、一人の常連の魔術師がいたそうです。冒険者ギルドで名のある方で、いつも冒険の旅に行く度に衣服がボロボロになって、帰ってきたそうです。祖母はそんな魔術師の衣服をいつも補修してたみたいです」


「なるほど、ではその魔術師の方が」

「はい。祖母が歳を重ね、指先がうまく動かなくなって裁縫が出来なくなっていったときでした。いつも自分の衣服を補修してくれたお礼にと、この魔術と針を与えて下さったそうです。祖母の指先の動きを見て、覚えた裁縫の動きをこの魔術で再現したそうです」


「そうでしたか。もしよろしければ、その魔術師の方のお名前を教えてもらってもよろしいですか? こんな器用な魔術をどうやって会得したのか、是非とも話してみたいものです」


 エヴァルトの言葉に店員は苦笑した。

「申し訳ありません。もう祖母の代の魔術師の方ですし、私にはわかりかねます。ですが、祖母はその魔術師のことを立派でとても優しい方だったと言っていました」


「そうですか。確かに恩人のために魔術を使って恩返しをした人だ。とても優しい人だったに違いませんね」


 エヴァルトがそう言い終えると、レオンの方へと向き直った。

「おお! レオン、その服似合っていますね。カッコイイですよ!」

「そうか? でも爺さんがそう言うなら、良かったよ」


 少し照れ臭くなってレオンは頬をかく。誰かに服を褒められたのは彼にとって初めての経験であった。


「もう買い物は終わったの?」

 店の衣服を一通り見ていたエリザベートが二人のもとへと現れた。

 レオンの方を一瞥し、新しい服になったことを確認して、エヴァルトの方へと視線を向ける。


「服も新しくなったみたいだし、次の場所へ向かいましょう」

「何を仰いますか、お嬢様」

「え?」

「お嬢様のお洋服がまだでしょうがっ!?」

「な、何を怒っているの、エヴァルト!?」


 急に怒気を示したエヴァルトにエリザベートが困惑する。


「店員さん」

「御意」

 

 仕立て屋の店員は極上の獲物を見つけた獣のように、メガネの奥の眼光を光らせた。

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