012 巡廻②/懐中時計
レオンがレイヴンローズの館に来て、七日目の夜が来た。
机に置かれた燭台の灯が薄暗い部屋を照らす。レオンは自室のベッドの縁に腰掛け、二メートルほど離れた椅子に目を向けていた。
「【
視線を椅子に集中させ呟く。すると椅子の周りを透明な輝きが覆い始める。
しかし、透明な輝きは椅子の上半分を丸く覆っただけで、下半分は何も変化がなかった。
「あー! また失敗かよ」
もう何度呟いたか分からない言葉を、ベッドに横になりながら言う。
先日、エヴァルトから受け継いだ魔術の練習をレオンは欠かさない。
エヴァルト曰く、魔術の上達には反復練習あるのみ。その言葉を信じて、何度も【
対象物に対して
初めて発動させた時は自分自身に対してだったので、距離感や空間認識が上手く把握できていたというのもある。
「全然できねぇ……これ地味だし、もっとかっこいいのを教えて欲しかった」
初めて【
「しかも、【
その時コンコン、とドアをノックする音が響いた。
レオンはベッドから起き上がり、ドアの方へと歩いて開ける。
「こんばんわ、レオン。少し時間をいただいてもよろしいですか」
「ああ、爺さん。いいぜ、入ってくれ」
老執事エヴァルトはレオンの部屋へと入る。そこで中途半端に
「約束通り、【
エヴァルトは椅子に近寄り、円環を軽く指で弾く。すると、円環はたちまち綺麗さっぱり消えてしまった。
「ですが、まだ形が不完全ですね。硬度も柔らかく脆い。これではキマイラの爪も防げません」
キマイラ。七日前にレオンが対峙した獅子の頭部に獰猛な山羊の胴体、そして鞭のようにしなる蛇の尾をした怪物だ。嫌な光景を思い出し、レオンは軽く頭を振る。
「爺さん、この魔術難しすぎるぞ、しかも地味だし。もっと派手でかっこいいやつ教えてくれよ」
「一朝一夕でこの魔術を完全習得しろとは言いません。私もこの魔術を完成させるのに二十年ほどかかりました。少しずつ練習を積み重ねれば、レオンもできるはずです。あと地味とか言わないで下さい、おじいちゃん傷ついてしまいます」
「二十年!? オレはあと二十年もこの魔術の練習をしなきゃいけねえのか!?」
「いいえ、私はゼロからこの【
「でも全然できる気配がねえよ。もっとこうわかりやすいコツとかねえのか?」
「コツですか……言葉にするのが難しいですね」
エヴァルトは顎に手を添えて黙考する。自分の感覚を相手に言葉で伝えるのは想像以上に難しい。まして人生の経験の差がまるで違う相手には尚更だ。
「ふむふむ。言葉にするのは無理ですので、見て技術を盗んで下さい」
エヴァルトはそう言うとドアの方へと戻り、部屋の中のベッド、机、椅子の順に視線を向ける。
「レオン、よく見ていて下さい」
「ああ、分かった」
レオンは大きく目を開いて、一瞬の変化も見逃さないように身構える。
「――【
その言葉を合図に、部屋にあったベッド、机、椅子が同時に透明な輝きに包まれた。透明な輝きは月明かりを浴びて、きらきらと表面を輝かせている。先程までのレオンが生み出したものとは比較にならない。
「す、すげえ……三つ同時に……」
レオンは円環を見て感嘆した。
そして三つの円環のうちの一つに触れる。
「オレが作ったやつと硬さも違う。形も綺麗にすっぽり覆ってるし」
「どうですか、少しは参考になりましたかな?」
「ううん、全然」
「素直でよろしい」
エヴァルトは苦笑した。やはり他人に自分の技術を教えるのは難しい。
これから先、自分はレオンにレイヴンローズ家の執事として必要なことを教えられるだろうか。
責任だけを押し付けて、実力を伴わない後継者を生み出して、一人の少年と大切な令嬢の人生を潰してしまうのではないのか
やはり自分は誰かを教え導くのは向いていないのかもしれない、そう思っていたエヴァルトだからこそ、レオンの次の言葉に心が震えた。
「でも、ゴールは見えた。爺さんが手本を見せてくれたから、なんか出来そうな気がしてきたよ」
レオンはニカっと笑った。先程までの自信なさげな表情とは打って変わって、真剣に今見た光景から何かを得ようと努力している。
やはりこの少年を選んで良かった――、エヴァルトはそう思った。
「ところで爺さん、オレに何か用があって来たんだろ?」
「ああそうでした、実はレオンにこれを渡すために来たのです」
エヴァルトは懐から一つの懐中時計を取り出した。
「なんだよこれ」
「これは懐中時計です。もちろんただの懐中時計ではありません。私がある魔術を組み込んで作り出したものです」
「ある魔術?」
「はい、この懐中時計を持っている者とその者が許可した者しかこのレイヴンローズ家の敷地内に入ることができなくなる魔術です。一種の通行許可証と言い換えて構いません。使用人であれば、皆この懐中時計を持っています」
エヴァルトはレオンに懐中時計を渡す。
レオンは懐中時計を見る。周りは黒色で数字が等間隔で円状に配列してある。装飾品は少なく落ち着いたデザインだ。
「これ、オレにくれるのか?」
「はい、決して失くさないようにして下さい」
レオンにとってこれは誰かにもらったはじめてのプレゼントであった。とても嬉しく感じた。そしてそれ以上に自分がこの館の使用人として認められたことがレオンにとって誇りに思えた。
「それと、明日は街の方へと出掛けましょう。観光がてらレオンの私物を揃えます。いつまでもメイド服姿ではいられませんからね」
レオンはメイド服の裾を押さえて、ひどく赤面した。
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