011 巡廻①/夕食後
その日の夕食後、エリザベートは自室にて紅茶の入ったカップを片手に一息ついた。
「それで、新しく入ったメイドさんの様子はどう?」
エリザベートは自身の左後ろに控えているエヴァルトに声をかけた。
「レオンのことですか。彼はメイドではなく、執事見習いです。衣服を変え、身だしなみを整えましたので、レイヴンローズ家の使用人として、ようやく土俵に立てたというところでしょうか」
「そう」
エリザベートは手に持ったカップを静かにテーブルに置く。そして、砂糖の入った小瓶に手を伸ばした。
「貴方が彼を連れて来たとき、どこで拾った捨て猫なのかしらと思ったけど、案外磨けば光るものね。言葉遣いや行動はともかく、すごく整った顔立ちをしているわね、彼。言葉遣いと行動は貴族に仕えるものとして最底辺だけど」
「そこはご愛嬌ですよ、お嬢様。言葉遣いや行動は今後適切な指導を加えれば、改善の余地があると思われます。当家に仕えるメイド長は礼儀作法に関して右に出る者はいませんので」
エリザベートは小瓶から角砂糖を取り出し、カップの中にポトンと落とす。そしてカップの中身をティースプーンでかき混ぜはじめた。
「リィヴァが指導してくれるなら安心ね、と言いたいところだけど本当に彼、レイヴンローズ家の執事になれるかしら」
「とおっしゃいますと?」
エリザベートはカップを傾け、静かに紅茶に口をつける。芳醇な香りと甘さが口の中に広がった。
「窓の外を眺めていたら、偶然貴方と彼が一緒にいるところを見つけてね。貴方は魔方陣の中に彼を閉じ込めているところだったわ」
エリザベートはカップを再びテーブルの上に置いて、左後ろに控えるエヴァルトに身体を向ける。
「エヴァルト、貴方自分がやったこと分かってるの!?」
エリザベートは語気を強め、エヴァルトに問い詰めた。
「落ち着いて下さい、お嬢様」
「これが落ち着いていられるの!? 貴方は彼に【
「……気付いておられましたか」
エヴァルトは僅かに目を細める。そして彼自身の主人である黒髪に紅い瞳をした少女を見下ろす。
レオンとそう歳の変わらない少女でありながら、生まれながらにして過酷な運命を背負わされたエリザベート・フォン・レイヴンローズ。
「すべてはお嬢様のためです。これから降りかかる災厄を退くには生い先短いこの老骨よりも未来ある若者であるレオンの方が適任です」
「その言い方は卑怯よ、エヴァルト。私が生きている間は貴方にはずっと生きててもらうつもりだし、その責任をレオンに背負わせるつもりはないわよ」
エリザベートは燃えるような瞳でエヴァルトを見つめる。その熱意にあてられ、エヴァルトは目を閉じた。
「お嬢様、お気持ちは分かりますが、この私の想いも汲んで下さい。これからの未来、私以上に強く逞しい従者が貴女様には必要です」
「貴方以上に私に相応しい人なんていないわよ」
「おお! 可憐なお嬢様に愛の告白を受けてしまわれました、爺やはもう昇天してしまいます」
エヴァルトの言葉にエリザベートはほんの少し頬を赤らめた。
「もう! こっちは真面目に話しているのよ!」
「もちろん、こちらも真面目に聞いていますよ」
僅かな沈黙が訪れた。その沈黙をエリザベートは胸に手を当てて静かに破る。
「私の中に流れる血、レイヴンローズ家の者の心臓がどれほどの価値と魔力をもっているか分かってるつもり。だからこそ、従者の皆に危害が及ぶのが怖いの」
「お嬢様、そういう難しい問題は大人に任せるべきです。だから、貴女様は一人の普通の女の子として笑っていて下さい」
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