009 邂逅⑨/お掃除

 メイド服を着たレオンに与えられた最初の仕事は、自室の掃除であった。


 先ほど冷水をかけられて水浸しになったベッドの水を綺麗に拭き取り、清潔なシーツを敷き直す作業に四苦八苦しながらも、レオンはリィヴァに与えられた仕事をこなしていた。


「あのババア、オレにこんな雑用を押し付けやがって」

 小言をこぼしながらも、レオンは床の隅々まで丁寧に雑巾で拭き上げていく。


 行き場所を転々として暮らしてきたレオンにとって、部屋の掃除をすること自体、珍しいことであった。


「しかも、こんなヒラヒラしたもんまで着せて、どういうつもりなんだよ」


「それはレイヴンローズ家の使用人のれっきとした制服です」


 うおっ、と背後からした声にレオンは飛び起きた。

「てめえ、いつからそこにいたんだよ!」


「ババアのくだりのところでしょうか。一応弁解しておきますが、私はババアと呼ばれるほどまだ歳はとっていません」


「じゃあ、何歳なんだよ」

「女性に年齢を訊くのは失礼な行為であると学習して下さい。貴方のその態度はレイヴンローズ家の品位を著しく陥れます」


 へいへい、と軽く手を振り、レオンはリィヴァの言葉を軽く受け流す。

 その態度を平然と受け流したリィヴァは、開け放たれた窓に近づき、指で軽く擦り上げた。


「レオン、全然掃除ができていません。やり直して下さい」

「はあ!? さっきもそう言ってたじゃねえか。またやり直すのかよ!」

「出来ていなければやり直す。使用人となったからにはメイド長である私の指示に従っていただきます」


「鬼ババアめ……」

 レオンは雑巾を水につけて絞り、窓の方へと向き直る。

「やればいいんだろ、やれば」


「レオン、その服を着ている時は脚を大きく開かないで下さい。下着が見えてしまいますよ」


 そう言われて、レオンは激しく赤面した。男である自分が女性の服を着て、必死に部屋の掃除をしている。周りからすれば、ひどく滑稽に見えたであろう。唯一の救いはこの姿をリィヴァにしか見られていないことだけか。


「おい、この服以外にまともな、男用の服はないのかよ」

「貴方のように小柄な男性用の使用人の服はありません。今はその格好で業務に励んで下さい」


 リィヴァは淡々と表情を崩さずにそう言った。レオンを嘲笑するでもなく、ただ今はそれが正解だと揺るぎない考えをもっているようだった。


「おぼえてろよ……」

「そう簡単に忘れるものではないと思いますが。貴方のように男性でありながら、メイド服姿が似合う人のことなんて」

「くぅうう……」


 リィヴァは怪訝そうに首を傾げ、レオンはトマトのように顔を真っ赤にした。


「どうやら、エヴァルトさんが帰ってきたみたいですね」

 リィヴァは窓の外へと視線を落とし、そう呟いた。


 レオンもリィヴァの視線の先を追う。正門の前に背の高い老執事がいた。


「いま戻りました。リィヴァ、何か変わったことはありませんでしたか」

「いえ、特にありません。お嬢様は自室にいらっしゃいます」


 屋敷の外から帰ってきたエヴァルトはメイド長であるリィヴァに声をかけ、次にその隣にいるレオンに視線を向けた。


「レオン、どうやら部屋の掃除をしていたようですね」

 その言葉にレオンは瞠目した。掃除をしたことは一度も話していない。


「どうして分かるんだよ」

「私ほど歳を重ねると、誰が何をしたのか手に取るようにわかります」


「す、すげえ……」

「まあ、冗談です。貴方の服についた埃、膝の汚れ、おそらく膝をつきながら床を拭いたのでしょう、そして微かな石鹸の香り、これらから推察してみました。当たっていたようでなによりです」


「なんだよそれ、驚いて損した」


「ところでリィヴァ、レオンを少しお借りしてもよろしいですか?」

「はい、いま掃除がひと段落したところですので。かまいません」


 レオンはエヴァルトに連れられ、屋敷内にある中庭へと足を運んだ。

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